返信のない相続人

返信のない相続人

返信のない相続人

朝の静寂に響く未読通知

朝一番。窓の外では、近所の子どもがランドセルを揺らして駆けていた。俺は、デスクに広げた戸籍謄本を眺めながら、コーヒーの冷めきったカップにため息を落とす。

「先生、それ…三日前から返事ないですね」

サトウさんが、俺の手元のスマホを一瞥して言う。
確かに。相続人であるはずの長男から、何度連絡しても返信がない。未読。それもずっと。

「サザエさんなら、“カツオのいたずらかしら〜”で済むけどな。こっちは相続登記だぞ」

俺はつぶやきながら、机の引き出しから古い登記簿を引っ張り出した。

相続登記に潜む矛盾

被相続人の意志と遺言書のずれ

依頼されたのは、地方にある古びた一軒家の相続登記。亡くなったのは母親で、相続人は兄と妹の二人。妹からの依頼だ。

だが、遺言書には「すべてを妹に」とあるのに、戸籍をたどると妙な空白期間があった。数年、兄の名前が戸籍に出てこない。除籍もない。

「やれやれ、、、」から始まる調査

「先生、この人、本当に実在してます?」
「いや、それがだな……生きてるようで死んでて、死んでるようで生きてるってやつだ」

まるで怪盗キッドの変装みたいに、兄の存在が曖昧だった。

消えた連絡先と一枚のメモ

探偵漫画のように部屋を漁る

古い納屋を整理していたらしい妹から、メモが一枚送られてきた。そこには、「タナカ シュン 080-xxxx-xxxx」とだけ走り書きされていた。

壁に貼られた謎の数字列

「誰だこれ」
「もしかして、兄の偽名じゃ…」

俺たちは電話番号を逆引きして、ある地方都市の住所にたどり着いた。だがそこは……老人ホームだった。

司法書士の勘が告げる嘘

依頼人の態度に潜む違和感

俺は直感的に、妹の表情がどこか引っかかっていたのを思い出す。「兄は長く家を離れてて連絡がつかないんです」と泣きそうな顔で言ったが、泣きはしなかった。

遺産を急ぐ理由とその裏

そして、ホームで確認を取った結果、「タナカシュン」は三年前に亡くなっていた。死亡届は出されておらず、戸籍上は生きたまま。

サザエさんで言えば、波平さんが死んだことに気づかれず、ずっと夕食を待ってるような状態だった。

真相を結ぶ最後の返信

送信箱に残された決定的証拠

戻ってから、俺は依頼者である妹にメールを送った。

「お兄さんは、3年前に亡くなっていました。あなたがそれを知っていたかは確認します」

その返信は、ついに来なかった。

「返信が来なかったんじゃない 消されたんだ」

だが、送信履歴の中に、彼女が自分の兄にメールを送っていた記録が残っていた。しかも死後の日付で。

それは、「ごめんね。これで私、ようやく自由になれるの」という一文だった。

司法書士シンドウ 最後の一手

「サトウさん」
「はい」
「結局、返信が来なかったんじゃない。送った相手が、もうこの世にいなかっただけだ」

「……推理漫画だったら、最終話で泣くやつですね」

そう言いながら、俺はまた冷めたコーヒーを啜った。返事のないメールほど、重たい証拠はない。

何もかもが終わった後、俺はそっとスマホを見た。未読の通知はまだそこにある。

それは、かつて好きだった人からの「今度お茶でもどう?」という一言。もう三年も前のメッセージ。

やれやれ、、、こっちは返事を返せなかったままだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓