焼かれた真実
朝のコーヒーと違和感の電話
朝、事務所でインスタントコーヒーを淹れていた時だった。古びた受話器が鳴り、どこかぎこちない声の男から登記相談の電話が入った。 「CDRに必要書類を入れて郵送しました、よろしくお願いします」そう告げられたが、何かが引っかかった。 たいていの依頼人はメール添付かUSBを使う時代だ。CDRなど、サザエさんの長谷川町子の机にしか残っていないのではと思うほどだった。
依頼人は顔を見せなかった
待てど暮らせど依頼人は姿を見せなかった。届いた封筒には書類とともに、確かにCDRが一枚入っていたが、封筒の差出人欄は空欄だった。 しかも封筒の糊が明らかに二度貼りされた跡がある。誰かが開けた?誰の手を経て届いたのか?不安が胸をよぎる。 サトウさんに見せたところ、彼女は眉ひとつ動かさず「誰かが検閲した後かもしれませんね」とだけ言った。
サトウさんの冷たい指摘
「シンドウ先生、この登記、申請日が2週間前になってますけど」 言われて確認すると、確かに申請書に添付された委任状の日付が現実と合っていない。 しかも、なぜか公図のコピーがない。事務的な処理をしながらも、サトウさんは「そのCDR、開けて中身確認しました?」と聞いてきた。
司法書士の机に残された空白
デスクトップにCDRを読み込ませてみた。中身はPDFが2枚。しかも、いずれもスキャン画像でテキスト認識がされていない。 違和感はそこだけではない。ファイルのタイムスタンプがどう見ても3年前のものになっていた。 依頼人が過去の書類をそのまま再利用したのか、あるいは何かを隠そうとしているのか。いや、そもそもこれ、本物なのか?
旧式CDRの不穏な存在
私は古いデータの扱いに慣れているつもりだったが、CDRの中身にどうも納得がいかなかった。 それは、まるで誰かが「証拠を作るため」にだけ用意したもののように感じられた。 怪盗キッドが残した偽物の宝石のように、本物と偽物の区別がつかぬように仕込まれている。
不自然な移転登記の履歴
調査を進めるうちに、この物件が実は1年前に別の名義人から名義変更されていたことがわかった。 だがその登記もどこか不自然だった。理由が「相続」とあるのに、被相続人の戸籍が見当たらない。 「登記の中に空白があるときは、誰かが意図的に何かを隠してるんですよ」とサトウさんが呟いた。
消えた添付資料の行方
私は法務局に保存されている写しを確認するため、直接足を運んだ。 ところが、申請時に提出されたはずの住民票も、戸籍も、どこにも保管されていなかった。 「郵送された添付資料が失われた」とは通常あり得ない。職員の表情もどこかよそよそしい。
法務局にいたもう一人の男
コピー機の前で見覚えのある背中を見た。数日前、事務所に電話をかけてきたあの声と一致するような気がした。 私は後を追ったが、その男はすぐに姿を消した。まるで『名探偵コナン』の黒ずくめの男のように。 そして気づく。そもそも、なぜ依頼人はCDRにデータを入れて送ってきたのか。紙を使えばよかったのに。
焼却炉の前の沈黙
午後、法務局の裏手にある小さな焼却施設で、何かが焼かれた跡があった。職員は「古い資料の廃棄です」と言う。 その中に、あのCDRと同じ種類の円盤が焦げた状態で混じっていた。 私はその場で立ち尽くしながら、背筋に冷たいものを感じた。証拠は意図的に消されたのだ。
サトウさんが言ったひとこと
「やっぱり焼いてましたね」 サトウさんは驚くでもなく、コーヒーを片手に淡々とそう言った。 「やれやれ、、、この業界、物理的に証拠を消す人がいるなんて、まるでマンガの世界ですよ」
すべてが一枚の円盤に繋がった
偽造、差し替え、物証の焼却。あのCDRはまさにその“痕跡”だった。 登記を使った資産移転の隠蔽工作、その鍵は一枚の円盤だったというわけだ。 事件性を感じながらも、司法書士である私は、法の中でしか動けないという歯がゆさに苛まれた。
やれやれ疲れる仕事だ
報告書をまとめ、関係書類を封筒に入れる。刑事事件としての追及は警察に委ねるしかない。 私は机に突っ伏しながら、カップに残った冷えたコーヒーを啜った。 誰も感謝などしない。それでも、登記の線が一本正されるだけで、やる意味はあるのだ。
登記簿に記された結末
後日、物件の名義は法定相続人の名に戻されていた。職権更正。 私はその処理を確認し、そっと登記簿を閉じた。 記録媒体は燃やされても、法の記録は残る。少しだけ胸が軽くなった。
依頼人が残した最後の嘘
結局、依頼人とは一度も会うことがなかった。あの声が誰だったのか、どこに消えたのかもわからない。 だが、ひとつだけ確かなのは、彼が送ってきたデータには意図があり、嘘があったということだ。 真実は燃やされ、嘘だけが送られてきた――それがこの事件の全てだった。
そして今日もまた書類の山
サトウさんが「登記完了報告書、10件あります」と事務的に言ってくる。 私は深くため息をついてから、またいつもの仕事に戻った。 燃やされるCDRの謎を解いても、目の前の書類の山は一向に減らないのだ。