静かな午後の訪問者
秋風が心地よく吹き抜ける午後、事務所のドアがギィと軋んだ。顔を上げると、スーツを着た中年男性がうつむき加減に立っていた。手には分厚い書類の束と、少しの困惑が浮かんだ表情。
「あの……登録免許税のことで相談したいんですが……」と彼は口を開いた。どこか切羽詰まった様子に、俺の背筋がすっと伸びた。
妙に高い登録免許税の相談
聞けば、所有権移転の登記で支払った登録免許税が想定よりもかなり高額だったという。申請を依頼した司法書士とは現在連絡が取れず、領収証にも不審な点がある。
税額の計算が間違っていたのか、それとも――。直感が告げていた。これは単なる事務ミスでは終わらないぞ、と。
サトウさんの冷ややかな視線
「またそういうの引き寄せるんですね、センセイ」
サトウさんは書類を手に取ると、パラパラと目を通し、わずかに眉をひそめた。だがその仕草には、すでに解析が始まっているという確信があった。
「登録免許税が1万多いのは……これはおかしいですよ」彼女の口調は冷静そのものだった。
書類に潜む違和感
俺は預かった写しを机に並べて、ゆっくり目を通した。登記原因証明情報、委任状、納付書のコピー。
その中で、ある書類の訂正印の位置が目に止まった。訂正内容よりも、押印の“ずれ”が妙だった。まるで……後から別の紙に押した印影を貼り付けたような。
金額欄の不自然な訂正印
納付書に記載された登録免許税の額の横に、小さな訂正印があった。その訂正は、見事に税額を1万高く見せる形になっている。
「普通、ここ直す必要ありますかね?」とサトウさんが呟く。俺も首をひねった。これは誰かの意図的な操作だ。
納付日付の二重記載
さらに妙なのは、納付日付が二重線で訂正されていたことだ。訂正後の日付と、登記完了日が一致していない。
「先に納付したことにして、後で印紙だけ貼り直したんじゃ……」と俺が言うと、サトウさんは小さく頷いた。
元依頼人の不審な電話
後日、その中年男性から再度連絡があった。「やっぱり、あの司法書士と連絡が取れません」
電話越しの声には焦りと不安が滲んでいた。あの登記は本当に完了していたのか――俺の中で疑念が膨らんでいった。
誰が税を納めたのか
納付書には確かに印紙が貼られていた。しかし、それが「真正に納められた」と証明するものではない。
「印紙ってさ、再利用できるんだよな……」俺の言葉に、サトウさんは「当たり前です」と即答した。
やれやれ、、、また面倒な匂いがする
俺は深く椅子にもたれかかってため息をついた。こういう泥臭い事件は、何度やっても慣れない。
サザエさんの波平なら「ばっかもーん!」と叫ぶ場面だろう。だが俺にはヒゲも娘もいない。ただ、また書類と格闘する日々だ。
管轄法務局での聞き込み
法務局の窓口で、俺は例の登録免許税納付書を見せながら、それとなく確認をとった。
職員は一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに無表情に戻った。「この納付、正式には処理されていません」
サザエさん的すれ違いで怒られるシンドウ
ちなみにその直前、俺は別の部署でまったく関係のない登記官に30分も待たされた。違う課だったと気づいたときの気まずさは、カツオ並みだった。
「やれやれ、、、」と思わず口からこぼれた。
収入印紙の再利用疑惑
サトウさんが精査したところ、納付書の印紙は微妙に糊跡が二重になっているという。
つまり、誰かが別の登記の印紙を再利用して、まるで納めたかのように偽装していた――。
帳簿の影に浮かぶ名前
俺は旧知の司法書士名簿を引っ張り出した。ふと目についた名前があった。
その人物、数年前に業務停止処分を受けたという噂があったが、今回の依頼者の登記と、その前の登記も、すべてその男が絡んでいた。
過去にも似た請求をしていた司法書士
古い登記簿から読み解くと、その司法書士は数件にわたって、依頼者に不自然な登録免許税を請求していた形跡がある。
うまく追いかければ、他にも被害者が出てくるだろう。
悪用された委任状の謎
依頼人が差し出した委任状には、奇妙な点があった。字の形が、どうにも不自然なのだ。
もしかして――依頼者が知らぬ間に、別目的に利用されたのではないか?
サトウさんの推理と一喝
「つまり、印紙を使い回して依頼人には架空の請求を出し、差額を自分のものにしていたってことです」
サトウさんは白板に図を描きながら説明した。その内容はまるで名探偵コナン。だが声色はあくまで塩対応だ。
コナンばりの説明タイム
「そして、訂正印は別の案件のものをコピーして貼り直した。つまり、この納付書は“偽物”です」
俺がうっかり聞き返すと「何度も言わせないでください」とピシャリと返された。
書類偽造のトリック
すべては紙の上で完結していた。収入印紙、訂正印、納付書の再使用。
俺たちはそれを一つずつ剥がし、真実にたどり着いた。
真犯人との対峙
その司法書士は、今は別名義で行政書士事務所を営んでいた。俺が訪ねると、あっさりと観念した。
「バレるとは思わなかったよ……司法書士ってのは、紙で騙せる職業だからな」彼の言葉は哀れだった。
不正請求の連鎖
さらに調べると、同様の手口で数十万円が彼の懐に流れていたことが分かった。
やはり、紙は嘘をつかないが、人間は嘘を重ねる。
意外な動機とその背景
彼は業務停止後、家族を養うためにやむを得ず……という動機を口にしたが、それは正当化にはならない。
「司法書士の資格が泣いてますよ」俺はつぶやいた。
事件の顛末とその後
警察への通報と関係機関への報告はすぐに行った。被害者には返金され、依頼者もようやく安堵の表情を見せた。
俺たちの役目は、誰かが紙の上でついた嘘を暴くことだ。
うっかりシンドウの逆転劇
あのとき納付書を斜めに読んでいなければ、気づかなかったかもしれない。俺のうっかりも、たまには役に立つ。
「今回は、まぁ、ナイスプレーですよ」サトウさんの珍しい言葉に、思わずニヤけた。
塩対応の奥にある感謝
「でも、次はもう少し早く気づいてくださいね」
ありがとう、とは決して言わない彼女の言葉。それが、俺の心にじんと染みた。
残された謎と司法書士の矜持
紙に書かれた数字、押された印影、貼られた印紙。それら一つ一つが真実を映す断片だ。
俺はそれを読む。解く。そして伝える。たとえ、誰にも気づかれなくても。
正義とは紙一重の責任
嘘を見抜くことが正義とは限らない。だが、見抜けなければ誰かが泣く。
それが司法書士という仕事の、紙一重の責任なのだ。
今日もまた誰かのために印紙を貼る
次の登記の準備を始めながら、俺はそっと収入印紙を取り出した。
「さ、次はどんな依頼者が来るのかねぇ……」