証拠書類が暴いた嘘

証拠書類が暴いた嘘

朝の郵便受けに忍び寄る影

夏の朝、蝉の鳴き声が事務所の外壁を振動させている。出勤したばかりの私は、郵便受けの前で眉をひそめた。中には見慣れぬレターパックが一通、差出人の欄は空白。差出人不明というのは大抵、トラブルの香りがする。

「サトウさん、変な郵便が来てるよ。」「変な、とはまた曖昧な言い方ですね。」と、彼女は冷めた目を向けてきた。朝から塩対応だ。

差出人不明のレターパック

中を開けてみると、一通の登記申請書類が入っていた。添付書類として印鑑証明書、住民票、委任状まで揃っている。だが、どこか違和感がある。私の勘が、何かがおかしいと騒いでいた。

「これ、昨日相談に来た依頼人と同じ名字だけど、住所が違うわ。」サトウさんが冷静に指摘する。さすがの観察力に、私は舌を巻いた。

サトウさんの冷たい視線

彼女は書類を丁寧に机の上に並べ、赤ペンでメモを書き込みながら目を細める。「これ、偽造の可能性ありますね。コピー機の出力にしては妙に歪んでます。」

私は苦笑いした。「お前は警視庁の鑑識か?」すると「少なくとも、あなたよりは気づきます」と言い返される始末だ。

付箋だらけのチェックリスト

彼女の付箋メモには「用紙質感不一致」「押印の濃淡バラバラ」「住民票の交付日が不自然」などの文字が並んでいる。私が気づいたのは一つだけ、「登記識別情報通知書がない」ことだった。

この事案、ただの名義変更では終わりそうにない。やれやれ、、、また一癖あるやつに巻き込まれたらしい。

相談者は汗だくの男だった

その日の午後、事務所に現れたのは半袖シャツに汗を滲ませた中年の男だった。彼は登記の相談をしたいと言いながら、例のレターパックの申請書とほぼ同一の内容を出してきた。

「もう提出したと思ってましたが、届いてなかったですかね?」と彼は不自然に笑う。私とサトウさんは目を合わせ、言葉を交わさずに合意した。これは、クロだ。

名義変更に潜む意図

男の説明によれば、亡くなった父の土地を兄の名義から自分の名義に変更するとのこと。しかし、その「兄」が提出書類の委任欄に署名した形跡はない。しかも印鑑証明書の日付が古すぎる。

これはおそらく、勝手に手続を進めて実家の土地を奪おうとしている可能性がある。司法書士として、見過ごせない案件だった。

昔の事件とつながる符号

何かひっかかる――そう思って、私はふと10年前の記憶をたどった。似たような書類偽造で親族間トラブルに発展した案件があった。あのときの加害者の名字と、今回の相談者が一致していた。

それに気づいた瞬間、私はサトウさんに目配せした。「調べてみます」と彼女は言ってすぐ、パソコンに向かった。

野球部時代の記憶が呼び覚ますもの

あの事件の新聞記事は今でも記憶に焼きついている。被害者が高校の野球部の先輩だったという因縁もある。「お前、またこんなことで名を汚してるのか」と、胸がざわついた。

悪い予感は、だいたい当たる。それが司法書士シンドウの不運な特技だ。

やれやれ俺の出番か

私は申請書類の正式な提出を保留し、事情説明を求める書面を送ることにした。それはトラップでもある。書類に疑義があると指摘すれば、真犯人は動く。

その日の夜、男がこっそり事務所のポストに何かを投函していたのを、監視カメラで確認した。中には新しい印鑑証明書が入っていたが、これがまた怪しかった。

登記簿の片隅に隠された事実

土地の隣地所有者の登記簿を確認して、すべてがつながった。被相続人が遺言書を公正証書で残していたのだ。そこには「相続人である長男にすべてを相続させる」と明記されていた。

つまり、今回の依頼者には何の権利もなかったのだ。

真犯人は依頼人だった

翌日、私は依頼人に電話をかけ、事実を突きつけた。「あなたは偽造をしましたね?」沈黙の後、彼は「…バレましたか」と笑った。悪びれる様子もない。

録音していた通話記録を元に、私は警察へ通報。その日のうちに男は事情聴取に呼ばれた。事件はようやく幕を閉じる。

すり替えられた印鑑証明

後からわかったことだが、印鑑証明書は亡くなった父の古いものをコピーし、偽造していたらしい。司法書士のチェックがなければ、法務局で通っていた可能性もあった。

まさに書類が暴いた嘘だった。人を欺くつもりが、紙に裏切られたというわけだ。

静かに閉じる事務所の一日

夕暮れ、事務所に静寂が戻る。私は椅子にもたれ、サトウさんの淹れたコーヒーをすすった。「今日は助かったよ」「あなたが気づかないことが多すぎるんです」冷たくも的確な返しが返ってきた。

でもまあ、それが彼女らしい。「やれやれ、、、こっちは命削ってんのに報われねえな」とぼやくと、サトウさんは「命削るほど働いてませんよ」とぼそり。まったく、塩対応にもほどがある。

申請書が導いた意外な真相

今回の事件、すべての始まりは一枚の申請書だった。だが、それがあったからこそ真実にたどり着けた。書類の力を改めて思い知る。

司法書士という仕事、地味だけど、案外ドラマが転がってるんだよな。いやほんと、やれやれだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓