合筆の誓いは嘘の中に
「婚約者と土地を一つにまとめたいんです」と言った女性は、涼しい顔で書類を差し出してきた。結婚前の合筆申請。珍しくはないが、どこかで引っかかる感覚が残る。土地の名義変更には、感情と法律の両方が入り混じるのが常だ。
今日もまた、司法書士という名の裏方役者として、舞台に立つ時が来たらしい。
忙しい月曜日の始まり
週明けの事務所は、いつもより電話が多い。相続だの離婚だの、人生の節目は月曜日を選ぶのかと皮肉りたくなる。例の婚約女性が現れたのも、そんな騒がしい朝のことだった。
彼女は白いスーツに身を包み、指先まで完璧に整えていた。だが、口元の笑みがどうにも芝居がかっていた。
予定外の飛び込み相談
「結婚を控えていて、共有名義にしたいんです。それで、婚約者と一緒に買った土地を合筆したくて」
笑顔で語る彼女の手には、すでに作成された申請書と委任状。隣にいるはずの婚約者は「今日は都合がつかなくて」と言う。
ひとりでの来所。私は念のため、サトウさんに婚約者の情報を確認させた。
婚約者との合筆申請という話
合筆自体は珍しい手続きではない。だが、婚姻前で、しかもすでに委任状がある場合は要注意だ。土地の所在、地番、名義の整合性。登記簿の表面だけで判断してはならない。
なにより気になったのは、彼女の話に「不動産に詳しすぎる匂い」があったことだ。
なんとなく残る違和感
たとえば「合筆すれば課税が楽になりますよね?」という一言。そんな知識、普通の人は知らない。しかも、まるで誰かに教え込まれたような言い方だった。
私はそっとサトウさんを見ると、彼女は無言で頷いた。目の奥が鋭く光っている。
サトウさんの鋭い指摘
「シンドウ先生、この名義人の印鑑証明、去年の夏に別の案件で見ましたよ。たしか、別の女性と共同名義だったはずです」
彼女の一言に、背筋が冷たくなる。名義人はすでに他の女性と関係がある?
「やれやれ、、、サザエさんのノリで押し通せる案件じゃなさそうだな」と私は天を仰いだ。
旧登記簿に残された別の名義
法務局で過去の登記簿を確認すると、驚くべきことがわかった。数年前まで、婚約者が別の女性と共有していた土地が、何らかの理由で分筆されていたのだ。
そしてその一方を今回の申請者が取得していた。
法務局で見つけた不一致の地番
登記情報と、彼女が提示した書類にわずかな違いがあった。地番がひとつずれている。うっかりか、意図的か。
しかしその一文字の違いが、真相にたどり着く鍵になるとは、このときは思いもしなかった。
別人の印鑑証明が語るもの
彼女が提出した婚約者の印鑑証明を照合してみると、筆跡や様式に不自然な点がいくつも見つかった。さらに調べると、同姓同名の別人のものだった可能性が浮上する。
つまり、他人の印鑑証明を使って登記を進めようとしていたのだ。
登場する元婚約者の存在
「本当は、彼女が勝手に進めてるだけです。僕は結婚する気なんてない」
元婚約者とされる男性に電話をかけると、呆れた声が返ってきた。
どうやら一度は交際していたが、土地の話が出た途端、彼は逃げたらしい。
一枚の結婚届が呼ぶ疑惑
「これが証拠です。彼とは結婚の約束をしていました」
彼女が差し出したのは、婚姻届の控えだった。しかし役所に確認すると、それは提出されておらず、記入も途中だった。
しかも、日付は偽造された可能性があるという。
私が彼を信じた理由
事情聴取で元婚約者は「彼女が怖かった」と語った。土地を一緒に買ったのは事実。しかしそれも、半ば強引に進められたという。
彼の証言には一貫性があり、第三者としての信憑性もあった。私は彼の側に立つことにした。
取引直前の不審な動き
彼女が他にも複数の司法書士に接触していたことが判明した。しかも、いずれも「合筆と名義変更」を相談していた。
それはもう、意図的な詐欺の準備だったと考えるほかない。
真実を明かした合筆の裏側
最終的に、合筆申請は虚偽の委任状によるものと認定され、不受理となった。彼女はその後、警察の事情聴取を受けたという。
騙されていたのは土地だけでなく、人の心でもあった。
やれやれまたしても不動産が鍵だったか
「結局さ、恋愛と不動産って、似てるのかもな」
帰り際、私はそんなことを呟いた。サトウさんは無言で片眉を上げるだけだった。
やれやれ、、、こっちは一生独身でいいや、と心の中で毒づいた。