登記簿に消えた相続人

登記簿に消えた相続人

序章 忙しすぎる日常

不動産登記の山とサトウさんのため息

今日もまた机の上は書類の山だ。どれもこれも、誰かの土地か家かの話で、だれが誰に何を相続したとか、しなかったとか。
「先週提出した所有権移転、補正来てますよ」
塩対応のサトウさんの声が、俺の脳に一撃をくれる。まるでサザエさんの波平の怒鳴り声みたいに、じわじわ効くのだ。

依頼人の奇妙な一言

「実は、兄の土地が登記簿から消えてるんです」
そう切り出した老婦人の声は静かだったが、俺の背中をゾクリとさせた。
「消えた」とはどういうことだ。相続登記の相談かと思っていたが、事態は少し妙だった。

相談室に現れた老婦人

亡くなった兄の遺産が見つからない

老婦人は、兄が生涯独身で亡くなったため、自分が唯一の相続人だという。
ところが、法務局で登記簿を確認すると、すでに他人の名義に変わっていたというのだ。
「そんな手続きを、私は一切知りません」
と老婦人はきっぱり言った。

登記簿には確かに相続登記済みの記録

登記簿を確認すると、たしかに「令和三年三月一日 相続による所有権移転」とある。
相続人欄には、「オオハシ タカユキ」という名前が記載されていた。
しかし、老婦人の話では、そんな人物は一族には存在しないという。

消えたはずの名前

登記簿に記された見知らぬ相続人

オオハシ タカユキ。登記には住所も生年月日も記されていたが、どれもピンと来ない。
俺の頭に浮かんだのは、かつての探偵漫画に登場する「変装の達人」だ。
本当にそんな人物が相続できたのか? あるいは、名前だけを拝借した偽装なのか?

サトウさんの冷静な調査指示

「戸籍、取ってみましょう。あと附票と評価証明も」
サトウさんは冷静にチェックリストを読み上げる。
さすがに頼りになる。俺は相変わらず、書類の山を見て気が遠くなるばかりだった。

古い土地台帳と筆界調査の落とし穴

戦前の地番と現在の地番のズレ

登記簿の地番と、老婦人の持つ古い契約書の地番が微妙に違っていた。
地番変更。戦後に一度、大きく変更があった地域だ。
このせいで、まったく別の土地として処理された可能性が出てきた。

公図の謎が語る過去の分筆

法務局で取得した公図を見て、サトウさんが小さくつぶやいた。
「この筆、昔分筆されてますね。もしかして、そこに何かが」
その言葉に、俺の背筋が伸びた。公図が語るのは、過去の土地の記憶だ。

市役所での違和感

戸籍に記されたもう一人の兄

戸籍を遡ると、老婦人のほかにもう一人、兄がいたことが判明した。
名は「大橋貴之」。まさか、あの登記名義人と一致するとは。
「ええっ?兄は一人だけのはずです!」
老婦人の目が泳いだ。

戸籍の附票が語る空白の十年

附票によると、オオハシ タカユキは十年前までこの市に実在していた。
だが、それ以降の記録がない。住民票が職権消除されていたのだ。
まるで、何かの痕跡を残して消えた怪盗のように。

誰が誰の遺産を奪ったのか

遺産を巡る家族間の沈黙

サトウさんの冷たい声が室内に響く。
「相続放棄された兄が、実は勝手に登記をした可能性がありますね」
老婦人は震える手で、過去の兄弟喧嘩を語り始めた。そこには長年の確執があった。

偽装された相続と実印の謎

提出された遺産分割協議書には、老婦人の実印が押されていた。
しかし、本人は一切記憶がない。印鑑登録証明も怪しい日付で発行されていた。
「やれやれ、、、またこのパターンか」
俺は過去の類似事件を思い出していた。

司法書士の反撃

職権での登記完了通知と一通の照会書

登記原因の真偽を疑った俺は、法務局に対して照会書を送った。
その結果、登記手続きに使われた印鑑証明書の不正取得が明らかになった。
これで、偽装相続の全貌が見えてきた。

サトウさんの冷酷な推理

本当の相続人は誰か

「戸籍の記録を見る限り、オオハシ タカユキは別人ですね」
サトウさんは淡々と分析する。
「この人、住民票の履歴が偽造されています。住所も仮登記用に使われただけ」

登記に潜む筆跡の矛盾

最終的な決め手は筆跡だった。遺産分割協議書にあるサインと、依頼人の筆跡は明らかに別物。
俺たちは書類を警察に提出し、詐欺の疑いとして告発するに至った。
事件は民事を超え、刑事の領域に踏み込んだ。

真実の証明とその代償

明かされる相続人の出生の秘密

最終的に分かったことは、老婦人の父親には、認知していない子がいたという事実だった。
つまり、オオハシ タカユキは、血縁ではあるが、正規の相続人ではなかった。
「でも、その人が死んだあと、誰かが勝手に名義を使ったんです」
老婦人の表情は、哀しみに包まれていた。

依頼人が選んだ結末

「裁判まではしたくありません。兄が好きだったあの土地、もう私の手では触れません」
老婦人はそっと、手帳の中から古びた鍵を出して俺に預けた。
俺はその鍵を法務局の調査官に託し、登記是正の申出を準備した。

終章 そして日常へ

机に積もる次の登記書類

事件が終わったのも束の間。
机の上には、相変わらず登記申請書と添付書類の束が積まれている。
「次は境界確定の立会です」
サトウさんが無表情に言う。

塩対応のサトウさんとまた明日

俺はふうとため息をついて椅子に沈んだ。
「やれやれ、、、こっちは推理する間もないっての」
それでも、司法書士としての一日はまた始まるのだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓