登記簿に眠る殺意
登記相談に現れた謎の依頼人
ある雨の日の午後、傘のしずくを滴らせながら一人の男が事務所にやってきた。 彼は中年で、黒いスーツに身を包み、視線を上げることなく机に登記事項証明書を置いた。 「これ、ちょっと見てもらえますか」とだけ言って、椅子にも座らずに立ち尽くしていた。
見せられた一枚の登記事項証明書
シワだらけの証明書には、最近名義変更された不動産が記載されていた。 だが、シンドウの目にすぐに留まったのは、「原因」が「贈与」になっている点だった。 そして、受贈者の名前に既視感を覚えた。
サトウさんの無言の違和感
サトウさんが無言で証明書を睨んでいた。 やがて「これ、委任状が添付されてないと成立しませんよね」とポツリ。 それは、ただの確認ではなく、確信を含んだ口調だった。
亡くなった名義人と不審な委任状
登記の名義人が変更された日付よりも前に、旧所有者は既に亡くなっていた。 つまり、生きているはずのない人が、委任状を出したことになる。 「死人に口なし」ならぬ、「死人に筆なし」だ。
あの住所には誰も住んでいない
不審に思ったシンドウは、午後の時間を使ってその不動産の所在地を訪ねた。 だが、そこは既に廃屋となっていて、郵便受けには無数のチラシが詰まっていた。 どうやら、誰も管理していない状態のようだった。
過去の登記履歴が示す矛盾
事務所に戻り、登記履歴を取り寄せたところ、さらにおかしな点が浮上した。 旧所有者の名前は、本来違う漢字で記載されていたことが判明したのだ。 明らかに、何者かが「誤記」を装って新しい人物を作り上げていた。
隣地所有者の証言
翌日、隣の家の老夫婦を訪ねた。 「その家の人なら、去年の春に亡くなったよ。息子さんなんていなかったと思うがね」 証言により、贈与者とされる人物の親族関係そのものが嘘だと明らかになった。
事件の鍵は筆界特定図にあり
サトウさんがひと言、「もしかして境界に争いがあったのでは」とつぶやいた。 調べると、筆界特定制度で近隣と争っていた記録が見つかり、隣地との確執があったことがわかった。 つまり、土地をめぐる小さな火種が、やがて事件の導火線となったのだ。
真実を知る司法書士の沈黙
その登記を担当したのは、町内でも評判の「ベテラン司法書士」だった。 だが、シンドウが電話をかけると、明らかに動揺した声で口を濁した。 「正式な手続きでしたよ、念のため…書面も残ってますし」と、歯切れが悪い。
登記名義変更の裏に隠された動機
依頼人は、遠縁の親族になりすまして登記を行っていた。 それも、土地の売却を急いでおこなうための偽装贈与だったのだ。 すでに複数の不動産業者に買い手を探していたという事実も判明する。
暴かれた不正な遺産相続
遺産分割協議書すら作られていない中での登記変更。 しかも、兄弟姉妹の承諾も得ておらず、一人で勝手に名義を変えていた。 司法書士の職印すら偽造されていた可能性もあった。
依頼人の真の目的は何だったのか
調査が進むにつれ、依頼人が多重債務者であることが明らかになった。 土地を売って借金を返すため、最後の切り札として「偽装登記」に手を出したのだ。 だが、それは結果的に「故人を利用した詐欺」だった。
サトウさんの推理と決断
「このまま放置したら、他の相続人が気づいた時に取り返しがつかないですよ」 サトウさんは冷静に、法務局への登記抹消手続きを提案した。 「サザエさんの家でも、波平さんが激怒するレベルですね」と、珍しく冗談を口にした。
やれやれ、、、登記簿は嘘をつかない
警察への通報と関係機関との連携で、依頼人は逮捕された。 廃屋の登記簿に眠っていたのは、静かな殺意と小さな野心だった。 「やれやれ、、、登記の世界も命がけだな」と、シンドウは冷めたコーヒーをすするのだった。