第一順位の死

第一順位の死

第一順位の死

朝一番の不自然な電話

司法書士事務所にかかってきたのは、まだコーヒーの香りも残る朝九時すぎ。
「兄が亡くなったんです。相続の相談をしたいのですが」
その声には妙な落ち着きがあり、悲しみよりも何か別のものが滲んでいた。

訪問者は喪服姿だった

ほどなくして現れた依頼者は、黒のワンピースに真珠のネックレス。
目元に涙はなく、持参したのは戸籍謄本と家の権利証だった。
「兄の財産は私が相続すると思うんですけど…」と、まるで服のクリーニング依頼でもするかのような口ぶりだった。

戸籍の写しが語る真実

シンドウが何気なく目を通した戸籍には、違和感があった。
亡くなったとされる「兄」には、離婚歴と前妻との間に子がいた。
つまり——第一順位の相続人は、その子どもたちだ。

姉妹はなぜ争わないのか

喪服の女性には妹がいるが、なぜか同行していないという。
「妹とは仲が悪くて…でも、財産に興味はないはずです」
その一言にサトウさんがわずかに眉をひそめたのを、シンドウは見逃さなかった。

争族の影にひそむ声なき主張

後日、妹が突然事務所に現れた。
「姉はおかしいんです。兄が死んで、すぐに部屋を漁ってました」
声は震えていたが、言葉には明確な敵意があった。

遺言書がないことの意味

兄には遺言書がなかった。それ自体は珍しくない。
だが、亡くなる一ヶ月前まで、兄は公正証書遺言を作ろうとしていた形跡があった。
それが完成する前に、急死——まるで誰かがそれを「止めた」ように思えた。

サトウさんが見抜いた不一致

「この死亡届、提出したのは姉ですね。だけど、住所が今と違います」
サトウさんはコピーの端にある旧住所を指差した。
「これ、兄の家に住み始めたのは亡くなった後です。なのに、届け出時にはもう住んでいたことになってる」

誰が死亡届を出したのか

調べてみると、届け出人欄の署名が本人のものではない可能性が浮上した。
近所の医師に確認を取ると、死亡診断書を書いた日付と提出日が微妙にずれていた。
つまり、書類のいくつかは改ざんされていたかもしれない。

医師の証言に潜む矛盾

「亡くなったのは夜の9時ごろで、寝ている間に…と聞きました」
だが姉は、兄の遺体を朝6時に発見したと言っている。
3時間のズレ——その間、何があったのか?

登記申請書に浮かぶ違和感

姉がすでに用意していた不動産の名義変更書類。
シンドウのチェックで、印鑑証明の日付が死亡日よりも古いことが判明した。
「やれやれ、、、また怪しいパズルだな」と、思わず独り言が漏れた。

遺産は家かそれとも人か

この件の核心は「家」ではなかった。
亡くなった兄は、美術品を多数保有しており、それがどこにも記載されていない。
それらはすでに姉が“片づけた”後だった。

シンドウの過去の依頼人との接点

ふと、数年前の相談記録にあった名前が目に留まった。
「この兄さん、遺言作成で一度来たことがあるな。あの時は——ああ、そうだ、妹のことをすごく信頼してた」
それに反し、姉の名前は一言も出てこなかった。

やれやれと言いながらも進む調査

登記だけで済む話じゃない。
シンドウは行政書士の友人に頼んで、死亡前後の医療記録と通話履歴を洗ってもらった。
浮かび上がったのは、死亡直前に姉と兄が大喧嘩していたという証言だった。

最後の順位にいた者の告白

「私、知ってたんです。兄は姉を家に入れたくなかった。でも、無理やり入り込んできた」
妹が涙ながらに語ったのは、家族という言葉ではくくれないほどの断絶だった。
そして、「兄は毒を盛られていたかもしれない」と呟いた。

相続人なき結末

調査の末、姉の行為は立証には至らなかった。
だが、遺産分割協議は頓挫し、不動産は法定相続ではなく、家庭裁判所での調停となった。
美術品の所在も不明なまま、相続手続きは宙に浮いた。

真実が登記簿に記されるとき

最終的に登記が完了したのは半年後。
ただの不動産名義変更だが、そこには多くの思惑と争いが詰まっていた。
「登記簿に書かれているのは、真実じゃなくて、決着の証だ」シンドウは小さく呟いた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓