登記簿が語る沈黙の家

登記簿が語る沈黙の家

登場した一通の封筒

午後三時の来訪者

商店街の時計が午後三時を指した頃、古びた封筒を握りしめた中年女性が事務所を訪れた。どこか所在なげなその様子に、僕はつい声をかけるタイミングを逃してしまった。サトウさんが代わりに受付を済ませ、封筒を机の上に置いた。

封印された謄本の正体

封筒の中から出てきたのは、昭和五十年代の登記簿謄本だった。今では閉鎖された登記簿のはずだが、なぜか「現行」と書かれていた。そこに記載された名前に、僕は見覚えがあった。昔、地元で有名だった土地成金の名前だった。

遺産分割協議書の違和感

サトウさんの沈黙が語るもの

封筒に同封されていた遺産分割協議書には、現在の相続人とされる人物の名前が書かれていた。サトウさんは一言も発さず、赤ペンでその名前をぐるりと囲んだ。「、、、これ、おかしくないですか?」 塩対応の中に鋭さが光っていた。

名前の位置が示す真実

協議書に記された名前の順番。それは、戸籍法上の順序に則っていなかった。しかも、筆跡が明らかに同一人物によるものだ。僕は何かがおかしいと確信した。遺産を分け合ったふりをして、誰かが独り占めしようとしている。

旧登記の影

閉鎖登記簿からの警告

法務局で取り寄せた閉鎖登記簿には、古い土地の履歴が淡々と記されていた。しかし最後の登記記録の日付が変だ。新たな所有権移転が記録されているはずの年月日が、明らかに前の持ち主の死亡日より前だった。まるで時間が逆行していた。

本店移転と名義人の謎

登記簿上の名義人は、死亡した人物の法人名義へ変更されていた。しかし、法人の本店所在地は既に更地であり、郵便物も戻ってくる。誰かが、死人を使って取引を装っている。シンドウ探偵の出番か。いや、元野球部の司法書士の出番か。

空き家に残された家具

火災保険証券の記載ミス

依頼者の話を聞いて現地を訪れると、ボロボロの空き家に、妙に新しい家具が残されていた。その中に火災保険証券が混じっていたが、記載された所有者名が、登記簿と一致しなかった。「、、、うっかりミスにしてはできすぎだな」と僕は思った。

捨てられた通帳の意味

家具の中にひっそりとあった通帳には、相続開始日以降も一定額の振込が続いていた。差出人は「G支援センター」。どうやら介護施設の送金だ。つまり、この家の元の持ち主は、死亡していなかった、、、?

サトウさんが気づいた逆転のヒント

印鑑証明書の交付日

サトウさんが確認した印鑑証明書には、交付日がつい一週間前と記されていた。死亡したはずの人物の証明が、なぜ今あるのか。つまり、死亡届そのものが虚偽だった可能性がある。

取引時点の登記情報に矛盾

物件の売買契約書には「登記簿に基づく所有権」と記載されていたが、その時点で登記簿の内容はまだ更新されていなかった。つまり、登記簿を捏造した上で契約書を作り、虚偽の登記申請をしたということだ。

被相続人の生きた証

銀行記録と介護施設の証言

地元の信用金庫に問い合わせたところ、定期的にATMでお金を下ろす人物の映像が残っていた。その姿は、確かに「故人」とされた人物そのものだった。そして、介護施設の職員はこう証言した。「昨日も顔を見ましたよ?」

住民票除票に記された日付

市役所で取り寄せた住民票除票には、死亡日が記されていた。しかし、その日付は介護施設への入所日よりも前。これは、、、意図的な虚偽届出だ。僕の背筋に冷たい汗が流れた。

司法書士の推理が動き出す

シンドウのうっかりが導いた突破口

「ん?この記録、、、あれ?なんか変じゃないか?」 僕はまたやってしまった。思わず独り言を口にしたが、それが突破口になった。登記情報の不一致に気づいたのは、うっかり印刷ミスに気づいたおかげだった。

昔の俺なら見逃してたな

「やれやれ、、、」と僕は小さくつぶやいた。もしこれが、昔の僕だったら気づかずに進めていただろう。サザエさんの波平さんのように、「こらっ!」と誰かに叱ってほしい気分だった。

二重売買の真実

疑惑の公正証書

公証役場で保管されていた公正証書には、売買当事者として別人が記されていた。しかし、その証人欄に名前を連ねていたのは、、、サトウさんの高校の先輩だった。「ああ、この人、、、昔から虚言癖ありましたね」と塩対応の一言。

なぜか二度作られた契約書

売買契約書が二部存在した。その一つは正規の手続きを踏んでいたが、もう一方は日付と署名が捏造されていた。しかも、偽造された方だけが登記に使われていたのだ。

犯人の動機と過去

捨てられた家族と再起の嘘

犯人は、故人の義理の息子だった。事業に失敗し、家族にも見放された男は、再起を図るために虚偽登記を画策したのだった。「親父が死んだって書いたら、誰も疑わないと思った、、、」

登記簿が語る後悔の履歴

閉鎖登記簿を見直すと、かつて親子が共同名義で登記した土地が存在していた。分筆をきっかけに関係は絶たれ、今に至った。登記簿には、誰も書き残さなかった「後悔」が、静かに刻まれていた。

やれやれと呟く帰り道

いつもの定食屋で反省会

事件が解決し、僕とサトウさんは事務所近くの定食屋に寄った。「シンドウさん、味噌汁こぼれてますよ」 いつもの塩対応。やれやれ、、、胃に沁みる味噌汁と共に、ようやく日常が戻ってきた。

サトウさんの一言に救われる

「ま、今回はまあまあ役に立ちましたね」 サトウさんが小さく笑った。ほんの少しだけ、笑顔が見えた気がして、僕は味噌汁をもう一杯おかわりした。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓