事務所の電話が止まらなかった日曜日の話

事務所の電話が止まらなかった日曜日の話

休む気満々だった日曜日の朝に鳴った電話

その日曜、目覚ましをかけずに寝ていた。珍しく前日に予定もなく、今日はゆっくりしようと心に決めていた。コーヒーでも淹れて録画したドラマでも見て、少し散歩でもして、スーパーの総菜で済ませる予定だった。そんな「休みらしい休日」は、年に一度あればいいほうだ。なのに、そんな静寂は一本の電話で壊される。時計はまだ8時前。寝ぼけ眼でディスプレイを見ると、固定電話の番号が表示されていた。頭に浮かんだのは「またか」の一言だった。

日曜くらい寝坊してもいいだろうという甘え

平日は、朝から晩まで書類とにらめっこだ。役所とのやり取りに振り回され、登記情報と顧客対応に追われる。たまの休みに少しくらい朝寝坊したっていいじゃないか。そんなささやかな甘えすら、司法書士には許されないのかと感じる。いや、許すかどうかは自分次第なのだが、実際には電話が鳴れば出ないわけにもいかないのだ。無視すれば、相手は「対応が悪い」と噂する。すべてが自分に返ってくる仕事。休むことへの罪悪感が、もう染みついてしまっている。

一本の電話がすべてを壊す

その電話は、不動産の相続登記についてだった。「急ぎなんですけど」と食い気味に言われる。こちらが休みだと告げると、「あ、そうでしたか。でも少しだけ……」と、結局20分話すことになった。電話を切ってから、虚しさが襲ってくる。「休日に電話を取る」という選択が、どれだけ自分を削るか。そんなこと、誰も知らないし気にもしない。だけど、事務所の看板を背負っている以上、つい受けてしまう。自分の弱さにも腹が立つ。

なぜか次々と鳴り続ける事務所の電話

一件だけだろうと思っていた。だが、9時、10時、11時と、時間を追うごとに電話は増えていった。依頼者、金融機関、果ては前の職場の先輩まで。何かの陰謀か?と思いたくなるほどだった。おかげで録画したドラマも、コーヒーも、全部冷めた。自分の休日が、他人の「ちょっと聞きたいこと」で分断されていく感覚。それが妙にリアルで、妙に悔しい。

常連さんの「今すぐ聞きたい」欲

とくに困るのが、何度も来てくれている常連さんだ。こちらも顔を覚えているし、関係を大事にしたい気持ちはある。だが、その安心感が裏目に出るのか、彼らは遠慮がない。「今、ちょっとだけいい?」という言葉の裏には、「どうせ日曜でヒマでしょ?」という期待が透けて見える。そんなわけない。こっちは日曜しか、息を吐ける時間がないのに。

電話が多いときに限って事務員がいない

事務員の彼女は、基本的に平日のみ勤務だ。そりゃそうだ。週末まで働かせるわけにはいかない。でも、こういう日に限って「いたらなぁ」と思ってしまうのが本音。誰かが電話を取ってくれるだけで、どれだけ救われることか。いや、それを一人で抱える覚悟で独立したのは自分だ。わかっている。でも、弱音くらい吐きたくなる日もある。

出なければ出ないで罪悪感

じゃあ出なきゃいい。そう思う人もいるだろう。だが、電話を取らずに放っておくと、「折り返しお願いします」とSMSが来る。「お忙しいところすみません」と前置きされると、ますます無視できなくなる。まるで、休むことが罪のようだ。どこで線を引けばいいのか、いまだにわからない。自営業って、こういうところが本当に不自由だ。

電話を取るたびに蓄積するストレス

電話が鳴るたび、体が反応する。心臓が少しバクつき、口角が無理に上がる。声のトーンをつくるのがつらい。電話の相手は、こちらが休日だと知っていても、言葉の端々に「申し訳ないけど、出てくれて当然」という空気を漂わせている。そんな空気を感じとってしまう自分も面倒くさい。

声を作る自分に嫌気がさす

電話口では、なるべく明るく、穏やかに話すようにしている。「ああ、◯◯さん、お世話になってます」と、トーンを上げて。しかし電話を切った瞬間、ため息が漏れる。本当は寝起きだったし、心の中では「勘弁してくれよ」と思っている。そんな本音と建前のギャップに、どんどん気力を削られる。

「すみませんね日曜なのに」の破壊力

「日曜なのにすみませんね」と言われると、少しだけ救われる。少しだけ、だが。しかしそのあとに続くのが、「でも、どうしても今日中に確認したくて……」のパターンだと、ズドンと落ちる。そんなに急ぐことか?と内心では思ってしまう。けれど、言えない。そういう性格なのだ。

でも断れない性格がここにいる

結局、断れない。頼まれると、応じてしまう。それは優しさというより、弱さだろう。相手に嫌われたくない、自分の評価を下げたくない、そんな打算もある。それでも、「ああ、助かりました」と言われると、悪い気はしない。だからまた、電話に出てしまう。

それでも月曜は来るし仕事もある

そんな日曜が終わっても、月曜は待ってくれない。メールの山、申請の準備、面談の予定。いつも通りの一日が始まる。結局、どんなに疲れても辞めようとは思わないのは、なんだかんだこの仕事が嫌いじゃないからなのかもしれない。しんどいけど、誰かの助けになっていると思いたい。たまには誰かに頼りたいけど、それでも今日も電話に出るのだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。