登記簿が照らす影の証明

登記簿が照らす影の証明

序章 忙しない朝と塩対応

朝のコーヒーを一口飲む間もなく、ドアのベルがチリンと鳴った。 見ると中年の男が不安そうに書類を握りしめて立っている。 「ちょっとお伺いしたいことがあるんですが……」という声に、私は内心ため息をついた。

朝から飛び込んできた依頼人

その男は、登記の相談に来たという。古びた実家の土地の名義変更をしたいらしい。 聞けば、父親が数年前に亡くなり、相続手続きが済んでいないという。 「でも、ちょっと気になることがあって……」と彼は目を伏せた。

旧家の相続と謎の登記依頼

提出された登記事項証明書には、確かに父親の名前があった。 だが、妙な空白と追加されたような筆跡がある一筆の土地に目が止まった。 「これは…」と声を漏らすと、背後から無機質な声が飛んできた。「違和感、ありますね」

疑念が芽生える登記内容

登記簿の記載は形式上問題がない。だが、整いすぎていることに逆に違和感があった。 私はサトウさんと視線を交わす。彼女はすでにペンを回し始めていた。 「昭和の記録を洗ってみますね」と、彼女は小さく告げた。

登記簿に潜む違和感

不自然な点は地番の並びだった。 通常なら連番のはずが、ぽっかりと一筆だけ空いていた。 そこには何か、隠された事情があるとしか思えなかった。

消えた一筆の土地の謎

その土地は、地図上では存在していなかった。 古地図には載っているのに、現在の公図からは消えている。 一体、誰が、何の目的でこの土地を隠したのか。

現地調査と無人の屋敷

私は依頼人を伴い、件の住所へ向かった。 そこには築80年を超えるような木造の屋敷が、時の流れを無視したように佇んでいた。 蔦が這い、ガラスは割れ、誰も住んでいないことは明白だった。

閉ざされた蔵と錆びた南京錠

庭の奥には、古びた土蔵がひっそりと建っていた。 南京錠は錆びついていたが、こじ開けることは難しくなかった。 中には埃まみれの帳簿と、古びた戸籍謄本の束が眠っていた。

近所の噂と語られる因縁

近所の老婆に話を聞くと、「あの家は昔、揉めてたのよ」とぽつりと口を開いた。 どうやら、二人兄弟の相続で長年裁判が続いていたらしい。 その一方が突然行方不明になったという話が出てきた。

戸籍と過去の記録を追って

サトウさんは役所からの返答を手に、事務所へ戻ってきた。 「この兄弟、双子だったみたいです」 まさか、と思った。どちらかがもう一人を騙って登記をしたのか?

一族に残る不和の歴史

父親の代から続く土地争いの記録が、裁判記録の中から次々と出てきた。 感情のもつれがやがて法廷闘争へと発展し、そしてどちらかが失踪した。 だが、その失踪届は出されていなかった。

住民票が語る行方不明の相続人

住民票には奇妙な点があった。失踪したはずの弟の名義が、十年近く前に更新されていた。 それはつまり、誰かがなりすましをしていた可能性を示していた。 やれやれ、、、事務所に戻ってから、サトウさんのコーヒーが冷めていた。

サトウさんの冷静な一手

「この印鑑証明、書体が違います」 サトウさんはいつも通り無感情に淡々と告げた。 その指摘が、事件を一気に動かすことになるとは思ってもいなかった。

細かすぎる照合とヒントの発見

筆跡鑑定を依頼し、別人による記入が行われた可能性が浮上した。 また、委任状の住所も微妙に誤記されており、偽装の匂いが濃くなった。 こういう時のサトウさんは、まるで某探偵漫画の阿笠博士よりも頼もしい。

昭和の登記記録に眠る鍵

古い登記簿の複写を見て、私は目を見開いた。 あるはずのない印が、朱肉のかすれとして残っていた。 それは、失踪したとされる弟が最後に残した痕跡だった。

不審な依頼人の正体

依頼人の言動に、次第に矛盾が目立ってきた。 兄とされる彼の口ぶりに、一人称の混乱が見え始めたのだ。 まるで、弟の記憶をなぞっているように感じられた。

名義貸しと偽装相続の可能性

依頼人は、実は行方不明になっていた弟その人だった。 兄になりすまし、土地を自分のものにする計画だったのだ。 動機は「兄のせいで全てを失った」という憎しみだった。

裁判記録に残る過去の訴訟

過去の訴訟記録には、家族間の激しい対立が克明に記されていた。 弟が勝訴した後、突如として消息を絶ったことも明記されていた。 今やっと全ての点と点が線でつながった気がした。

解き明かされる真実

全てを暴いた後、弟は静かに警察に引き渡された。 「せめてこの家だけは…」という言葉が、妙に虚しく響いた。 真実は明かされたが、家族の傷は癒えることはなかった。

失踪の理由と隠された家族の事情

弟は兄との確執から家を飛び出し、別人として生きる決意をしたという。 だが結局、家という場所が忘れられなかったのだろう。 登記簿はすべてを記録していた。ただ静かに、事実だけを。

偽造された遺言と封じられた声

兄の名で偽造された遺言も見つかった。 それは弟の手によって作られた、哀しき復讐の道具だった。 しかし、それすらも登記制度の前では無力だった。

司法書士の逆転劇

私は書類を整え、正当な登記訂正手続きを行った。 依頼人…いや、元依頼人がいなくなった事務所に静寂が戻った。 これでようやく、帳尻は合った。

正規の登記申請と依頼人の裏切り

法務局の担当官が苦笑しながら言った。「また不思議な案件ですね」 私はただ、肩をすくめるしかなかった。 「まあ、我々の仕事は影で証明することですから」

決定的な証拠を提出する日

筆跡鑑定書と委任状、戸籍の写し、昭和の登記簿のコピー。 すべてが揃い、真実が形になった瞬間だった。 サトウさんはそれを見ても「当然の結果ですね」と一言だけ。

結末と小さな救い

その家は結局、町が買い取ることになった。 新しく小さな図書館が建つらしい。 家族の争いの場が、子供たちの学びの場になるというのは、皮肉でもあり救いでもあった。

真実を知った依頼人の涙

最後に見送られながら、彼は「ありがとう」とだけつぶやいた。 もうどちらの名前でもなく、本当の自分として。 その背中は、少しだけ軽くなったように見えた。

登記簿に刻まれる静かな決着

事務所に戻ると、書類がまた山のように積まれていた。 私は椅子に沈み、「やれやれ、、、」と呟いた。 サトウさんが机の上にコーヒーを置き、「まだ5件残ってます」と言った。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓