旧家からの奇妙な依頼
梅雨の合間、ぽつりと事務所にやってきた年配の女性が差し出したのは、色あせた登記簿謄本のコピーだった。 「この土地、相続の手続きをお願いしたいんですけれど……」そう言われた時点で、私はピンとこなかった。 だが、その登記にはある不可解な点があった。相続人が一人もいないはずの名義に、近年変更が加えられていたのだ。
遺言と登記の食い違い
故人が残したという遺言書には、別の人物に土地を譲る旨が記されていた。しかし、登記簿には別人の名前。 司法書士としてこれは看過できない。何かが、おかしい。 私は不意に、子どもの頃に観た名探偵コナンの「二重の遺言状」の回を思い出していた。
見落とされた一行の意味
遺言書の末尾に、消えかけたインクで書かれた一行があった。「約束の駅で、すべては明らかになる」。 サトウさんに渡すと、「ドラマの見すぎじゃないですか」と一蹴されたが、私は妙に気になって仕方がなかった。 どこかに、鍵となる場所がある。私は再び登記を見直した。
雨の夜に届いた封書
その夜、事務所のポストに封書が届いた。差出人不明。だが中身は……登記識別情報。 なぜこんなものが匿名で? 本来、こんな機密書類を郵送するなどありえない。 やれやれ、、、また厄介な案件を引き受けてしまったようだ。
差出人不明の登記識別情報
差出人住所は書かれていなかったが、消印は県北部の村だった。 偶然にも、依頼された土地の所在地と一致する。これは偶然ではないだろう。 私は翌朝、サトウさんに「ちょっと現地見に行くぞ」と声をかけた。
地図にない駅の名
車中で調べた限り、その村には駅など存在しない。 だが、地元の古い地図には、廃線となった私鉄の駅名がひっそりと記されていた。「六花駅」。 それが、遺言に書かれていた“約束の駅”なのだとしたら……?
土地台帳に刻まれた過去
役場で閲覧した土地台帳は埃っぽく、紙が黄ばんでいた。 昭和二十二年、土地の名義が変わっていた記録がある。 だが、その名義人は今、誰一人見つからないという。
戦後すぐの移転記録
戦後の混乱期に、土地の所有権が不自然に移った記録が残っていた。 その名義人は戸籍上も行方不明となっており、誰も現在地を知らない。 当時、空襲で戸籍も焼けていたという話もあった。
行方不明者の登記名義人
台帳の端に「移転登記予定」と書かれていた欄には、別の名前がメモされていた。 そこには鉛筆で「六花駅にて約定済」とだけ。 私は背筋がぞくりとした。やはり、あの駅に何かがある。
無人駅の現地調査へ
六花駅は既に廃線となり、今は草に覆われたホーム跡しかなかった。 看板も朽ち果てていたが、かろうじて「六花」の文字が読めた。 サトウさんは眉ひとつ動かさず、カメラであちこちを撮っていた。
錆びた看板に残る記憶
看板の裏に、何かが貼られていた跡があった。 剥がされた紙の一部が残り、「昭和二十二年六月十五日」と日付が読み取れた。 「それって、今日と同じ日付じゃないですか」サトウさんがぽつりと言った。
サトウさんの冷静な観察
駅舎の跡地近く、石の台座に木の板がはめ込まれていた。 サトウさんが無言で押し開けると、そこには封筒と鍵束が入っていた。 「どうやらこの人、約束は守ったみたいですね」と、彼女はつぶやいた。
シンドウの推理と迷走
手に入れた封筒の中には、当時の土地譲渡契約書の写しと、銀行の貸金庫の鍵が入っていた。 名義変更が正当なものであったことを裏付ける証拠だ。 ただ、問題はそれをなぜ今になって送ってきたのかということだった。
記録にない土地の境界
登記簿と現地の境界線が数メートルずれていた。 「ここの塀、最近直した跡がありますね」とサトウさんが言う。 その一言で、私はようやく気づいた。誰かがこの場所を“隠して”いたのだ。
やれやれの中に見えた光
私は長年の勘と疲れた頭で、ようやく全体の構図を掴んだ。 登記は正しかったが、隠されていたのは想いと記憶だった。 やれやれ、、、サザエさんの波平ばりに頭を掻きむしった。
現れた真の相続人
その数日後、匿名で登記識別情報を送ってきた人物が名乗り出た。 かつてその地に暮らしていた故人の隠し子だった。 すべては遺言に託された、彼なりの償いだったのだという。
眠っていた証拠書類
契約書には旧姓で署名されていたが、筆跡鑑定と当時の証人の証言で正当性が確認された。 我々司法書士がやるべき仕事は、こういう“過去の精算”でもある。 あの日の書類が、ようやく報われたのだ。
名前を変えた過去
名乗り出た男性は、かつて名を変え逃げるようにこの地を離れたという。 「父は、最後まで私を認めなかったけど、この土地だけは守ろうとしたんでしょうね」 その言葉に、私は何も返せなかった。
登記簿が示したもう一つの契約
サトウさんが気づいた貸金庫の鍵。その中には、もう一通の遺言が眠っていた。 それは“六花駅で会った全ての者にこの土地の分与を”という内容だった。 彼の約束は、個人ではなく「過去の縁」に向けたものだったのだ。
抵当権の消えた理由
もう一つ不思議だった抵当権抹消の理由も、ようやく明らかになった。 死亡後の抹消登記が、元の金融機関担当者の手によって黙って行われていた。 恩義、というやつだろうか。紙一枚では測れない感情が、そこにあった。
隠された財産分与協議書
それは未提出のまま保管されていた。効力はないが、故人の意志は明らかだった。 私は法的処理を終えた後、そのコピーを依頼者へ静かに手渡した。 「これは、ただの紙ですが、重い記憶が乗っています」とだけ添えて。
真相の鍵は約束の日
昭和二十二年六月十五日。それは彼にとっての節目の日だったのだろう。 一度すれ違った人生が、無人駅でようやく交差したのかもしれない。 シンドウの目に、一瞬だけ懐かしい風景がよぎった。
無人駅で交わされた最後の取引
契約書の日付も、封筒も、すべてがその日を示していた。 彼は人生をかけて、誰にも知られず約束を果たそうとしていた。 司法書士の仕事は、静かにその手伝いをすることだった。
サザエさん的すれ違いの記録
結局のところ、書類ひとつで人生はすれ違い、時に結ばれる。 まるでサザエさんでカツオが誤解して怒られる回のように。 ただ、今回は誰も怒らず、ただ静かに微笑んでいた。
司法書士の出番は終わらない
「これで、全部終わりですね」と依頼者が言った。 私は「ええ、そうですね」と答えながら、机の上の未処理案件に目をやった。 司法書士に休みはない。
シンドウのうっかりが活きる時
今回もまた、私のうっかりがいい方向に働いた。 きっとサトウさんは、あとでこっそり「フロックですね」と毒を吐くだろう。 だがそれも悪くない。だって、結果オーライだったのだから。
サトウさんのため息と笑み
事務所に戻った私に、サトウさんが言った。「次は、もっと簡単な案件にしてください」 「努力します」と私が言うと、彼女はため息をつきつつ、かすかに笑った。 それは、仕事の終わりにだけ見せる、彼女のやさしい顔だった。
そして事件は帳簿に記された
すべての書類を綴じ、登記を終えた私は、事務所の書庫にそのファイルを静かに収めた。 今日も一件、過去と現在をつなぐ橋がかけられた。 無人駅の記憶は、ひっそりと法務局のサーバーに刻まれる。
解決は静かに訪れる
探偵漫画のような派手な展開はない。爆破もないし、変装もない。 けれど、司法書士の現場には確かに「真相」がある。 ただしそれは、静かに、穏やかに、記録されるだけだ。
登記の裏にあった想い
誰かの人生が、誰かの名前の裏に隠されている。 その証明が、司法書士の仕事だと私は思っている。 今日もまた、ひとつの想いが、記録された。