登記簿が照らす死の記憶

登記簿が照らす死の記憶

ある日届いた一本の電話

無言の依頼人

ある曇った午後、事務所に無言の電話がかかってきた。 「……登記を見てほしい」とだけ告げて切れた声。 電話の主は名乗らなかったが、気配だけが異様に重たかった。

書類の山に紛れた違和感

その日の午後、サトウさんが受け取った封筒には、築五十年の木造家屋の登記事項証明書が入っていた。 「こんな古い物件、まだ生きてるのかしら」と呟くサトウさん。 ただ、その書類には些細ながらも妙な空白があった。

不自然な所有権移転の痕

登記簿に残された矛盾

僕は書類を一通り眺めてから、椅子の背にもたれた。 平成二十二年に所有権が移転しているが、登記原因が記載されていない。 こんな初歩的な記載漏れ、普通はあり得ない。

亡くなったはずの所有者

さらに調べてみると、前の所有者は五年前に死亡していたことが判明した。 死亡時点より後に移転登記がなされている。 これは幽霊がハンコを押したのか、というレベルの話だった。

サトウさんの冷静な推理

空欄の登記原因証明情報

「これ、誰かが“登記だけ”やろうとした跡ですね」 サトウさんは紅茶を一口飲みながら、淡々と指摘した。 まるで名探偵コナンのような口調だったが、目は完全に冷めていた。

あえて消された何か

「白紙委任状を使えば、ある程度は“形”になるんです」 そう言って彼女は手元のコピーを指さした。 委任状の欄にだけ、不自然なインクのにじみがあった。

現地調査は雨の中で

開かずの空き家の鍵

その物件は、町外れの坂を登った先にあった。 雨がしとしと降るなか、古びた門扉がきぃと音を立てた。 鍵は錆びついていたが、何とか中に入ることができた。

近所の老人が語る過去

「ここはねぇ、昔兄弟が住んでたんだよ。仲良かったけど、、、」 老婦人は物置のような傘を差しながら語った。 「弟さんが急にいなくなってね。兄さんは一人で残ったよ」

昔の住人と現オーナーの関係

兄弟間の相続トラブルの影

戸籍を追いかけると、兄弟の間に相続に関する争いがあったことが浮かび上がった。 兄は養子縁組を解除し、弟に一切の財産を譲らなかった。 そして、なぜかその後、弟の所在が不明になっていた。

行方不明とされた弟の消息

弟の名前はどの戸籍にも残っていなかった。 代わりに、別人名義の住民票がその家から転出していた。 誰かが、弟を“消す”ために手を回していたようだ。

司法書士の仮説と検証

登記情報に残る微細な手がかり

登記の受付番号を調べてみると、提出日と受領日が大きくズレていた。 これは、郵送でなく“持ち込み”で提出されたことを意味する。 つまり、誰かがわざわざ法務局に出向いて登記を通したのだ。

判子の押し方が意味すること

印鑑の押し方には癖がある。 少し右下に傾いて、朱肉が濃すぎる押し方。 これは、以前見たあの兄の委任状とまったく同じだった。

真相に近づくサトウさん

不審な委任状と筆跡の一致

サトウさんは筆跡鑑定士に協力を仰ぎ、委任状の筆跡を調べさせた。 結果は、死亡した兄のものと完全一致。 弟が使ったはずの委任状は、兄が自作した偽造書類だった。

印鑑証明の日付が語るもの

さらに決定的だったのは、印鑑証明書の日付だった。 登記より後の日付のはずなのに、死亡前のものであった。 つまり、生前に準備された“死後の登記”だったのだ。

犯行の動機は遺産ではなかった

愛憎の果ての偽装登記

兄は弟を家から追い出し、自らの死後も家を守るために登記を偽装した。 遺産の分配などどうでもよく、ただ家を「他人の手に渡したくなかった」らしい。 しかしその思いは、弟を人知れず苦しめた。

本当に欲しかったもの

弟が求めていたのは、家ではなかった。 ただ、兄と和解する機会だったのだ。 それも永遠に叶わなくなってしまった。

警察への通報と証拠提出

司法書士が語った真実

僕は警察にすべての書類と証拠を提出した。 死者による登記という異常事態を前に、警察も言葉を失っていた。 「やれやれ、、、こういう時だけ注目されるんだからなあ」と呟いた。

やれやれ、、、俺の出番か

結局、僕が“告発者”として記者に囲まれることになった。 「司法書士って地味な職業だと思ってた」とカメラマンが言った。 だからなんだ、と言い返したかったが、黙っていた。

事件の結末とその後

空き家に灯る新しい光

家は弟に正式に帰属し、彼は静かに暮らし始めた。 庭には兄が植えた梅の木が、今年も花をつけた。 そこには、かすかな和解の香りが漂っていた。

それでも仕事は山積み

事務所に戻ると、机の上には登記申請の書類がどっさり。 サトウさんが言った。「事件解決しても、雑務は減りませんよ」 「はいはい、わかってますよ、、、」僕は肩を落とした。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓