仮換地に消えた契約

仮換地に消えた契約

仮換地説明会のざわめき

市の仮換地説明会が開かれたのは、春の花粉が舞い上がる午後だった。十数名の地主たちが狭い会議室に詰めかけ、配られた図面とにらめっこしている。 だがその中に、本来出席しているはずの名士、黒田という男の姿がなかった。 係員が「欠席届は出ていません」と繰り返すたび、会場の空気は微妙に濁っていくのだった。

市役所の一室に集まった地主たち

「Aブロックの地番が妙に増えてないか?」 「いや、俺んとこは変わってないぞ」 誰もがそれぞれ自分の土地に集中していて、全体の整合性には無頓着だった。けれど、経験上、こういうときこそ一筆のズレが致命傷になる。

見えない誰かの不在に気づく

「黒田さん、いつも最前列で声大きかったのにね」と誰かがつぶやく。 確かに、あの自己主張の塊のような男が黙って消えるのは不自然だった。 私はその場で、何かが起きている、と直感した。

シンドウ事務所に舞い込んだ相談

説明会の翌日、一人の中年男性が私の事務所を訪れた。 「すみません、うちの土地が、図面で別の場所にされてる気がするんです」 仮換地あるあると言えばそれまでだが、彼の目はどこか怯えていた。

仮換地通知に納得がいかないという男

差し出された換地図を見ると、確かに位置が微妙にズレていた。 「換地設計上の都合」――役所はそう説明してくるだろうが、地元の人間はそんな言葉では納得しない。 なにより、元の土地の筆界を示す杭が地図上に存在していなかった。

なぜか筆界の図面が揃っていない

「サトウさん、この図面の原本、出るか?」 「出ますよ。ただし、役所が出すかは別です」 冷たい言い方だが、的を射ていた。私は彼女にこっそり目配せした。

サトウさんの冷静な一言

サトウさんは私が頼まなくても、調査済みの資料を机に出してくれていた。 「委任状、筆跡が全部同じに見えますね」 私は息を呑んだ。確かに、三人の地主の委任状がすべて、まるでコピーしたような文字だった。

「そもそも委任状の字が揃いすぎです」

普通、字なんてものはそれぞれ癖があるはずだ。 だがこの委任状には、同じ圧、同じ角度、同じインクが並んでいた。 しかもその日付には、三人とも別の会合に出ていた証言があった。

印鑑証明の落とし穴

さらに妙だったのは、印鑑証明の発行日がすべて同じ日付だったことだ。 役所ではたまたまそうなることもあるが、三者三様の別々の地で?偶然が過ぎる。 私は思った。「これは、誰かがまとめて用意した書類じゃないか?」

古い換地図が語る違和感

昔の換地図を取り寄せると、一筆の地積が微妙に大きくなっていた。 しかも、その一筆だけ、筆界の線が太く強調されていた。 まるで「ここを見てくれ」と主張しているようだった。

一筆だけ数字が書き換えられていた

数字が不自然に新しく、他とフォントが違う。 元の地積は二三五平米だったのに、なぜか今は二七五平米になっていた。 「地積更正登記もされていません」と、サトウさんの追撃が入った。

現地調査で見えた奇妙な杭

私は古びたスニーカーで現地へ向かった。 野球部時代の脚力はすでに消えていたが、土地を見る眼だけは鈍っていなかった。 妙なことに、杭のうち一本だけ、斜めに打ち込まれていたのだ。

位置がずれているのに誰も気づいていない

地元の人間は変化に鈍い。 その杭が5センチもずれていることに、誰も疑問を持たなかったという。 でもそれが仮換地の図面の基準点になっていたのだから、恐ろしい話だった。

元野球部の勘が働く

「この角度、、、バントで狙えそうだな」 くだらない比喩かもしれないが、角度のズレが妙に気になって仕方なかった。 そう、あの杭は、誰かが“意図して”曲げていたのだ。

「この角度、、、バントで狙えそうだな」

小技を効かせたプレーにしか見えなかった。 サインプレーのようなものだ。 仮換地図面も、誰かの作為的な“サイン”なのかもしれなかった。

土地家屋調査士の沈黙

調査士に連絡を取ったが、彼は歯切れが悪かった。 「換地係が指定した場所に打っただけですから」 それ以上は何も語らなかったが、目はどこかに怯えていた。

元請けとの関係を口にしたがらない理由

市の換地担当者と、調査士が旧知の仲だったことがわかった。 癒着というには証拠が弱いが、土地の付け替えには説明がつく。 そして、黒田の名前が、そっと調査資料から消えていた。

仮登記されたままの一筆

市役所の登記簿に、見慣れぬ筆があった。 仮登記のまま15年放置された土地。 そして、その名義人――黒田の父親は、10年前に亡くなっていた。

名義人は既に死亡していた

この土地は動かせない、はずだった。 だが仮換地での移動により、実質的には別の土地と扱われる。 そこに、新たな“契約”が結ばれていたのだ。

やれやれ、、、思ったより根が深い

「これは、、、小手先じゃ済まないですね」 私がため息をつくと、サトウさんは無言で頷いた。 やれやれ、、、春なのに、胃が痛くなりそうだった。

サトウさんは怒っていたが表には出さなかった

「嘘がバレないと思ってたんでしょうね」 その一言に、静かな怒りが滲んでいた。 私は、もう逃げ場はないと確信した。

契約書の筆跡と照合

最後の手がかりは、仮換地の契約書だった。 筆跡鑑定を依頼すると、やはり三人の署名は同一人物だった。 それは、換地係の机の中から出てきた。

あえて偽造を気づかせるための細工

一部の筆跡が不自然に丸くなっていたのは、“誰かに気づいて欲しい”という意図だった。 密告か、あるいは良心の呵責か。 いずれにせよ、それが真相へと導く鍵になった。

換地係長の秘密

彼は数年前、黒田の土地を隣接地に移すよう密かに依頼されていた。 見返りは、市街化調整区域の一部を住宅地に変える見返り。 私が問い詰めると、彼は黙って全てを認めた。

十年前の換地計画と隠された忖度

換地計画の裏には、数名の市議会議員の名前があった。 地元の力学と欲望が絡み合い、土地の形すら歪めていた。 真実は、地図の裏に隠れていた。

小さな土地に込められた大きな欲

誰もが「たかが20平米」と言ったが、その僅かなスペースが一帯の通路になった。 通れるか、通れないか――それだけで土地の価値は数倍違う。 それを知っていた者たちが、書類に手を加えたのだった。

底地にアクセスできる道を作るための陰謀

仮換地とは、未来への再設計だ。 だがそれを利用して“仕込む”者もいる。 今回は、それが少しだけうまくいきすぎた。

一筆の境界に引かれた線

結局、換地は見直され、委任状の偽造は刑事事件になった。 黒田は失踪したままだったが、彼の父の土地は守られた。 そして私の胃は、相変わらず痛かった。

本当の意味での落とし穴

落とし穴は地面にあるとは限らない。 紙の上にも、心の中にも、深くて暗い穴は掘れる。 私はその穴をまた一つ、埋めたにすぎなかった。

契約は失われなかった

元の依頼人は、「ありがとうございました」と深く頭を下げて帰っていった。 私はサトウさんにコーヒーを淹れようとしたが、「自分でやってください」と返された。 やれやれ、、、結局、今日も俺が全部やるんだな。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓