遺言を探す依頼人
「父の遺言が見つからないんです」――そう切り出したのは、地元の老舗和菓子屋「みなと屋」の長男だった。顔に似合わず、おだやかな口調が逆にこちらの不安を煽った。
依頼は単純。亡くなった父親の遺言が貸金庫にあるはずだが、開けられない、というものだった。貸金庫の契約者は故人のみ。代理開扉には相続人全員の同意と法的整備が必要で、時間も手間もかかる。
「サザエさんだったら、波平さんが押入れから遺言出してきて解決なのに」なんて思ったが、現実はもっと骨が折れる。
貸金庫に眠る何か
とりあえず遺族の同意書類を集めて銀行へ出向く。ところが、貸金庫の記録には「別名義の封入物」と記載されており、通常の開扉手続きでは確認できない、と言われた。
「別名義? それじゃ、故人の遺言じゃない可能性があるってことか?」
担当者も首をかしげていた。これは一筋縄ではいかない案件かもしれない――胸騒ぎがした。
消えた鍵と戸惑う遺族
さらに面倒なことに、貸金庫の鍵そのものが見つからなかった。遺族に確認しても「鍵なんて見たことない」とのこと。
代替開扉には鍵の紛失届と本人死亡確認書類、そして公証役場での法的手続きが必要だ。こうなると司法書士の出番である。
「やれやれ、、、また書類の山だ」と思いながら、重い腰を上げた。
サトウさんの冷静な分析
事務所に戻ると、すでにサトウさんが机に書類を並べていた。依頼人から預かった戸籍、契約書、死亡届など、すべてが整理されている。
「これ、貸金庫の契約者の署名、実印じゃないですよ。三文判です」
サトウさんの指摘に目を凝らすと、確かに契約書の印影が軽い。まるで急ぎで作成したような印象を受けた。
書類の矛盾に気づいた女
「あとこれ、契約日は遺言作成日より三ヶ月後です」
言われて気づいたが、確かに不自然だった。遺言書が契約前に存在していた? それとも、遺言が後日偽造された?
「貸金庫の中身が遺言じゃない可能性もありますね」とサトウさんは冷たく言い放った。
塩対応の奥に光る推理
「もしかしたら、これは”見せかけ”の貸金庫かもしれませんよ」
サトウさんの言葉にハッとした。つまり、誰かが“貸金庫に遺言がある”と思わせることで、真の遺言を隠す時間を稼いでいる可能性がある。
塩対応の裏には、いつも冴えた観察眼が潜んでいる。
司法書士シンドウ動く
ここで黙っていたら、司法書士の名が廃る。自分の直感と経験を総動員して、もう一度書類を精査する。
ふと、貸金庫契約書の控えの隅に「一時保管目的」と小さくメモがあるのを見つけた。おそらく銀行職員が書き添えたものだ。
「これは、、、遺言じゃなくて別のモノが入ってるってことか?」
元野球部の直感炸裂
高校時代、バントサインを空振りして場を読んだあの感覚が、久々に戻ってきた。
「たぶん、貸金庫は囮だ」
相続人の誰かが、遺言がそこにあると皆に信じさせ、本当の遺言を別の場所に移した。そう考えると辻褄が合う。
あの時の失言がヒントに
依頼人の「父は何でも隠すクセがありましてね、鍵もたぶん、どこか妙な場所に」――その言葉がよみがえる。
サトウさんが「それ、どんな場所ですか」と聞いたとき、依頼人は苦笑していた。「昔は風呂桶の下とか」
その瞬間、背中に電流が走った。金庫の鍵が風呂桶にある? まさかとは思いながら確認を依頼した。
金庫が開かない理由
数日後、依頼人から連絡があった。「風呂桶の下にありました! 変色した小さな鍵が!」
銀行での開扉手続きが進み、ついに貸金庫の中が明らかになった。
中には手紙と古い通帳、そして封をされた白い封筒がひとつ。だが、その封筒には驚くべき事実が記されていた。
相続人が隠していた秘密
封筒の中には「これは遺言ではない」と明記された覚書と、父の筆跡で書かれた手紙。
「私の本当の遺言は、家の仏壇の引き出しにある」
それはすでに長女が管理しており、貸金庫の存在を遺族に知らせたのも彼女だった。
貸金庫契約書に記された謎の印
三文判で契約された貸金庫。その署名は、父親ではなく、娘によって偽装されたものだった。
仏壇の中からは、有効な公正証書遺言が見つかり、事件は一件落着となった。
「やれやれ、、、俺は一体何のために貸金庫と格闘してたんだ」
サトウさんの一言で締めくくり
「まあ、司法書士っていうのは、鍵を開ける仕事じゃなくて、人の本音を解きほぐす仕事ですから」
そんなサトウさんの言葉に、思わず笑ってしまった。
そしてその笑顔に救われた気がしたのは、きっと気のせいじゃない。
あなたが活躍すると疲れるんですよ
「シンドウさんが活躍すると、私の仕事が増えるんでやめてください」
冷たく言い放ったサトウさんだったが、机の上には次の依頼書類がすでに整っていた。
――次の事件も、どうやら一筋縄ではいかなそうだ。
次の依頼はもっと普通がいい
「今度は、婚姻届の確認だけとか、そういうやつがいいですね」
サトウさんのつぶやきに、小さくうなずきながら、コーヒーを一口。
シンドウ司法書士事務所には、今日も静かに依頼人がやってくる。