図面に消された境界
夏の終わり、蝉の声が遠ざかる午後に、測量図が同封された封筒が事務所に届いた。差出人は市内の土地所有者で、境界線の不一致に関する相談だった。依頼内容は「隣地との境界が図面と現況で違う」というものだったが、それだけでは何かが足りないように思えた。
封筒の角が微かに焦げているのも気になったが、サトウさんは「気のせいでしょう」と塩対応。いやいや、これはどう考えても何かある。俺の野球部時代の勘がそう囁いていた。
事務所に届いた一通の封筒
紙質は古く、測量図は手書きだった。いまどき珍しいが、内容は精緻だった。だがその図面には微妙な違和感があった。図の北方向がずれていたのだ。地積測量図ならば通常、北が上に来るはずだが、これは違っていた。
しかも、境界点が一箇所だけ塗り直されたような痕跡がある。俺は思わず息を呑んだ。これはただの測量図じゃない。過去の意図が塗り込められている図面だ。
測量図という静かな依頼
依頼人の話を聞く限り、隣の地主が最近になって柵を移動させてきたという。彼女の亡父の代から続く土地だが、最近になって不審な動きがあったらしい。「父が大切に保管していた測量図を見てほしい」とのことだった。
ふと、俺はサザエさんのエンディングが頭に浮かんだ。あの「来週もまた見てくださいね!」のテンポで事件が続く予感がした。いやな予感しかしない。
誤差の理由を追いかけて
測量士に確認を取るため、俺は図面に記された地積と現況を照合した。面積の誤差はわずか数平方メートル。誤差の範囲と言えばそれまでだが、境界点が変更されているのは明らかだった。これは「誤差」ではない。「意図」だ。
さらに調べると、法務局に提出された地積更正登記が数年前に申請されていたことが分かった。誰が、なぜその時期に?
現場で見つけた違和感
翌日、現地に赴いた。真夏の雑草が伸び放題の土地に、打ち込まれた境界標がぽつんと浮いていた。見ると、明らかに新しいものだ。周囲の石杭は苔むしているのに、そこだけがやけに白い。誰かが最近、打ち直したのだ。
俺はしゃがんで境界標の周囲を探った。指先に触れたのは、折れた金属の杭。昔の標識の破片だった。
境界標が語る過去
土地家屋調査士会で名簿を調べ、当時の測量を担当した調査士に電話をかけた。応答はなかったが、調査士の事務所は先月閉鎖されていたことが分かった。不自然な閉鎖。まるで、なにかから逃げるように。
やれやれ、、、これはただの土地トラブルじゃない。俺は思わず独り言を漏らし、麦茶をがぶ飲みした。
隣地の男が語ったもう一つの線
隣地の所有者に話を聞くと、彼は「こっちは正当な登記をしてる」と主張した。だが、見せられた資料の一部が怪しい。添付された測量図が、わずかに加工されたコピーだったのだ。コピー機で微妙に拡大縮小された痕跡がある。
さらに驚いたのは、彼が過去に依頼していた測量士が、例の閉鎖された事務所の人間だったことだった。
地積更正に潜む嘘
測量の再検証を試みると、登記上の面積と実測面積が一致しない事実が浮かび上がった。過去の更正登記には虚偽申請の疑いがある。しかも、それにより不当に土地の所有が広がっていたのだ。
俺は、図面に記された小さな点が、大きな不正の起点であることを確信した。
サトウさんの鋭い指摘
「この時期に申請が集中してるの、ちょっと変ですよね」サトウさんがPC画面を覗き込んで言った。彼女の指差す画面には、近隣三筆の更正登記が集中した年度が記されていた。
「そうか、、、この登記、全部同じ調査士だ」俺は唸った。完全にグルだ。これは組織的な登記不正かもしれない。
図面に残された改ざんの痕跡
法務局に保管された原本には、鉛筆での修正跡が残っていた。図面は訂正線で覆われており、境界点の位置が微妙に修正されていたのだ。筆圧の違いから見て、明らかに後からの書き換え。
まるで、怪盗キッドが偽の宝石とすり替えるかのような巧妙さ。これは土地の魔術師による犯行だ。
土地家屋調査士の失踪
調査士の消息は、九州で途絶えていた。登記の資料を持ち出したまま、転居していたらしい。だが、その所在が判明したのは意外なところだった。元調査士の息子がSNSで近況を投稿していたのだ。
「親父、急に測量やめて猫カフェ始めたんだよなあ」それがすべてを語っていた。逃げたのだ。
消された図面と隠された動機
調査の結果、隣地の所有者と調査士の間で裏取引があったことが判明した。所有地を広げて高値で転売する計画だった。だが、それが依頼人の父の死と重なり、真相は闇に葬られかけていた。
だが、図面がすべてを語っていた。測量図に残された証拠は、何よりも雄弁だったのだ。
やれやれの一言と真相の輪郭
調査報告書と資料をまとめ、依頼人に提出した。彼女は静かに頷き、「父がこれを守っていた理由が、今ようやく分かりました」とつぶやいた。
やれやれ、、、今回も胃が痛くなる事件だったが、真実は無事に地面の下から掘り起こされた。
登記簿の片隅に記された決着
後日、法務局に訂正登記がなされた。不正に拡張された面積は是正され、依頼人の土地は元通りになった。隣地の男は書類送検され、調査士は業界から追放された。
そして俺は、冷蔵庫から麦茶を取り出し、椅子にもたれて一息ついた。境界線の外にこそ、人の闇はあるのかもしれない。