依頼人は調査士だった
謎の測量図がもたらした違和感
その日、事務所にやってきたのは年季の入ったスーツを着た男だった。名刺には「土地家屋調査士小田島」とある。調査士からの依頼は珍しい。
彼は机に折りたたまれた測量図を広げた。微妙にかすれた線、修正液の痕跡、古い図面にしては不自然な点が多すぎた。
「ちょっと筆界について相談がありましてね……」彼の声は低く、まるで何かを試しているようだった。
古びた土地の境界線
「杭があったはず」という言葉
「間違いなく、そこには杭が打たれていたんです」
小田島は繰り返した。けれど、現地調査に同行して確認したところ、杭はどこにも見当たらなかった。地面には掘り返した痕跡すらない。
「これは誰かが意図的に抜いたとしか思えませんね」とサトウさんが呟いた。確かに、あの位置に杭がなければ、境界は曖昧になる。
不自然な地積更正登記の履歴
法務局で閲覧した履歴情報には、数年前に地積更正登記がされていた。申請人は被相続人で、土地の面積が微妙に縮んでいた。
その修正申請には、小田島の名前があった。つまり、彼はそのときからこの土地の謎に関わっていたのだ。
だがそれにしても、なぜ今になって相談に来たのか。それが解けなければ前に進まない。
村に広がる噂
調査士が夜に見たもの
「実は……最近、夜になるとあの土地に人影が見えるんです」
彼の語る影の話は、まるで都市伝説のようだったが、村の噂話としては信ぴょう性があった。
住民の一人は「あそこに入ると境界が動く」と言って笑っていたが、測量結果が揺らいでいたのは事実だった。
測量データには現れない影
トータルステーションのデータを確認しても、境界点は何一つ変わっていない。数値上は完璧だった。
しかし、現地で照合したときだけ、何かがズレて感じられる。その「何か」が正体不明のまま、小田島は悩み続けていた。
測量図に映らない「影」とは一体何だったのか。
サトウさんの仮説
「見えていないのは線ではなく人間関係です」
サトウさんはいつも通りパソコンを操作しながら、事も無げに言った。
「これは土地の話に見えて、実は相続争いじゃないですか調査士は誰かのために、真実を隠そうとしている」
なるほど、筆界のズレは感情のズレでもあったというわけか。やれやれ、、、事件は心にも杭を打ってくる。
登記簿が語る嘘
地目変更の裏に隠された取引
登記簿を見る限り、土地はずっと宅地のままだったが、実際は一部が畑として利用されていた形跡がある。
つまり、登記簿と現況にズレがある。そしてそのズレを利用しようとした誰かがいる。
その「誰か」が、小田島の良心を試す存在だったとしたら……。
消えた前所有者の行方
相続登記がなされた直後、前所有者である小田島の叔父は姿を消していた。
近隣住民は「都会に出た」と言うが、預金通帳も年金もそのまま残されていた。
失踪というより、存在を消したような痕跡だった。
遺産分割協議の中の小さな綻び
「この筆界は争いの始まりです」
分割協議書の文言はやけに簡潔だった。特に、筆界についての記述が抜け落ちていたのだ。
通常、境界未確定地には注意喚起の文言が入る。それがないということは、誰かが意図的に曖昧にした証拠だ。
そしてそれを知っていたのが、依頼人である小田島自身だった。
夜の境界確認
地籍図にない古い杭
境界確認のため、夜に再び現地へ向かった。月明かりの中で、土に埋もれた古い杭を見つけた。
それは最新の地籍図には載っていない、もっと古い時代の境界標だった。
そしてその杭の近くに、小さな骨壺のようなものが埋められていた。
そこで倒れていたのは
杭を掘り返していたのは小田島だった。何かを確かめるように、震える手で杭を握っていた。
「これで……証明できると思ったんですが……」彼の声は涙に濡れていた。
そのまま彼は力尽きるように倒れた。過労と精神的な重圧。測るべきは土地ではなく、彼自身の罪だった。
司法書士が見抜いた不一致
「この測量図は加工されています」
小田島が提出してきた図面を改めて精査すると、元データと一致しない部分が見つかった。
それは筆界点のひとつが微妙にずらされており、まるで意図的に土地面積を調整していたようだった。
「これ、あなたが書いた図面じゃないでしょう?」と問うと、小田島は目を伏せた。
登記官も気づかなかった細工
加工は巧妙だった。提出されたPDFは印刷された原本とは別の座標を持っていた。
小田島は本当の図面を提出する勇気がなかったのだ。なぜなら、それは自らの家族の不正を暴くことになるから。
「真実を測るのが調査士の仕事じゃないんですか」と、サトウさんが低く言った。
影を落とした真実
本当の目的は相続ではなかった
調査士が追っていたのは財産ではなかった。失踪した叔父の行方、あるいは生きていた証拠。
そして、自分が図面で封じ込めてしまった真実。
土地を囲う杭は、境界だけでなく罪の意識を固定するためのものだったのだ。
やれやれ、、、調査士はすべて知っていた
正義はいつも図面の外にある
数日後、小田島は自首した。彼は境界を変えたのではない。真実を守るために、図面を偽ったのだ。
叔父は既に他界していた。遺骨が杭の下から見つかった。彼は境界争いを恐れ、土地を放棄するように消えたのだった。
私は調査報告書を閉じた。「やれやれ、、、また境界のせいにされた事件か」──境界はいつも、心の歪みに通じている。