閉ざされた登記室

閉ざされた登記室

閉ざされた登記室

午前九時の法務局

法務局の朝は、いつも決まって静かに始まる。カーテンの閉じた窓からは、光が差し込むことはない。申請窓口に並ぶ人々の列だけが、時間の流れを告げていた。

その朝、いつもと違う違和感があった。職員の一人が登記室のカーテンが「開かない」と呟いた。誰もが「そんなことあるわけない」と思ったが、それは事件の始まりだった。

開かないカーテンとその理由

カーテンレールには不自然な引っかかりがあり、無理に開けようとするとガタンと音が鳴った。それを聞いて、サトウさんがふっと眉をひそめた。

「誰か、意図的にここを封じた可能性がありますね」と言う彼女に、私は肩をすくめて答えた。「やれやれ、、、また厄介ごとか」。たかがカーテンと思った私が甘かった。

奇妙な来訪者の印象

前日の記録を見ると、ひとりだけ登記室に長く滞在していた来訪者がいた。70代後半と思しき男性、登記簿謄本を請求したと言っていたが、目的は別にあったようだ。

彼が残した記録には、なぜか目的物件の地番が空欄になっていた。つまり、正確には「何を調べていたのか分からない」。だが彼が残した書類の隅に小さく「井上家」と記されていた。

誤字訂正申請の落とし穴

訂正印に隠された謎

その日、登記簿の訂正申請も届いていた。依頼者は若い女性。記載された誤字は確かに些細なものだったが、訂正のために押された印鑑が、少し妙だった。

印影が過去に見たものと一致していなかったのだ。私は登記ファイルを漁りながら、頭の片隅に某怪盗漫画の「変装の名人」が浮かんでいた。「まさかね」と自嘲しつつ、手は止まらなかった。

依頼者の過去と矛盾点

調べてみると、その女性は実際には存在しない人物だった。住所も電話番号もデタラメで、印鑑登録も確認できない。

それでも訂正申請は受理寸前だった。ギリギリでサトウさんが「この訂正申請、全体が構文的に変です」と指摘しなければ、虚偽の情報が登記簿に入り込むところだった。

目撃証言は封印されたまま

古い登記官の無言の証言

法務局の奥にこもっていた元登記官が、件のカーテンの話をすると急に顔色を変えた。しかし彼は何も語ろうとしなかった。「私には関係ありませんので」とだけ言い残して、去っていった。

その後、サトウさんが彼の退職理由を調べてみた。「どうやら過去にも似たような件があって、その責任を取らされた形のようですね」。カーテンの奥には、過去の汚点が潜んでいる。

防犯カメラの映像はなぜか欠けていた

不審者が入ったはずの時間帯だけ、録画が飛んでいた。こうした偶然は現実には起こりにくい。

機器の故障か、あるいは意図的な編集か。昭和のアニメ「名探偵コ〇ン」なら、きっとその場で犯人が断定されていただろう。だが現実の証拠は、もっと地味で冷たい。

サトウさんの冷静な分析

書類の順番が示す真実

「この書類の並び、普通は左から発行日順に並ぶはずですけど、これは真ん中だけ飛んでいます」サトウさんの声が静かに響いた。

確かに、間に割り込んでいる書類がひとつだけあった。差し替え、あるいは捏造。カーテンよりも、この紙一枚の違和感のほうが重かった。

現場に残された朱肉の跡

書類を扱う机の端に、乾いた朱肉の擦れた跡があった。誰かが焦っていた証拠だろう。

その跡を照明にかざすと、指紋のような形が浮かんできた。だがそれは人差し指ではなく、小指の位置。まるで誰かが印鑑を押す“ふり”をしていたかのようだった。

登記室の鍵は誰が持っていたのか

内部犯行の可能性

登記室の鍵は、限られた職員しか持っていない。だが当日、そのひとりが鍵を貸したと記録に残っていた。

「誰に?」と聞くと、返事は「失念しました」。まるで昔の刑事ドラマの容疑者のような言い訳だった。私は深くため息をついた。「やれやれ、、、」

登記申請の時間が示す逆転のアリバイ

提出時間の記録が残っているのに、現場の映像にはその姿が映っていない。つまり、他の誰かが書類を出した。

おそらくは古い登記官、もしくは偽名の女性。そのどちらか、あるいは両方が関与している可能性が高かった。問題はそれを証明する「証拠」が、まだ足りないことだった。

暴かれた動機とその代償

カーテンの向こうで見た光景

結局、カーテンは無理やり外された。その向こうには、処分される予定だった古い登記原本が大量に残されていた。

その中に、虚偽登記の証拠となる土地情報が紛れていた。誰かが、それを処分前に差し替えようとしていたのだ。犯人は、局内の職員だった。

登記簿の裏にあった決定的証拠

帳簿の裏に貼られた付箋、それが決め手になった。「井上家」の名義変更に関する手続が、すでに処理済として付箋だけで示されていたのだ。

「裏で処理しようとしたんでしょうね」とサトウさんは淡々と言った。カーテンの奥にあったのは、闇ではなく怠慢と癒着だった。サザエさんのような平和な日常など、ここにはなかった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓