仮登記簿に眠る嘘
曇り空の下、朝からどんよりとした空気が流れていた。そんな中、一本の電話が僕の事務所に鳴り響いた。受話器の向こうから聞こえたのは、不安そうな老婦人の声だった。
「この土地、私のものだったはずなのに、登記簿では他人の名義になってるんです」と。やれやれ、、、またややこしい案件が舞い込んできた。仮登記という言葉に、頭のどこかがざわついた。
午前九時の来訪者
約束の時間ぴったりに、その老婦人は訪れた。深緑色の古いカーディガンと、かすれた声が印象的だった。テーブルに並べられた書類の山には、旧来の売買契約書や戸籍謄本の写しが含まれていた。
「私は確かに、父から相続した土地なのに……」と彼女はぽつりと言った。僕はコーヒーをすすりながら、静かにその書類に目を通す。
旧家の土地に残された記録
その土地は、昔は山林だったという。だが近年、都市開発の波にのまれ、周囲には真新しい建売住宅が立ち並んでいる。登記簿には、数年前に仮登記された記録があった。
奇妙なのは、その仮登記のまま、何の本登記にも進んでいないことだった。まるで誰かが「仮」で止めたまま、時間を凍らせたかのように。
仮登記の名義に潜む違和感
名義人の名前は聞き覚えのないものだった。だが、不自然に思えたのは、その人物の住所欄。別の案件で見かけた記憶がうっすらと蘇ってきた。しかも、それも仮登記だった。
「サトウさん、この仮登記名義人、ちょっと調べてもらえる?」と頼むと、彼女は無言でパソコンに向かう。そしてわずか十数分後、淡々と告げた。「これ、登記情報を転々と使ってる人物です。たぶん意図的に止めてる」
不動産業者の不可解な説明
以前この土地の売却を持ちかけた不動産業者を訪ねると、担当者は妙に歯切れが悪かった。「いやあ、登記がちょっと複雑でしてね」と言うばかりで、核心には触れようとしない。
まるで何かを隠しているようだった。サザエさんでいえば、マスオさんが「いや、ちがうんだ」と言い訳し続けるあの感じだ。こっちは波平ばりに怒鳴りたくなっていた。
変更されたはずの登記
業者は「登記はもう終わってるはず」と繰り返す。だが法務局で取り寄せた最新の登記簿では、仮登記のまま。つまり、何も動いていない。これは意図的に何かを止めている証拠だ。
「なぜ本登記にしなかったのか」と聞いても、「いやあ、その辺はちょっと担当が……」と逃げる。このままではらちが明かない。
繰り返される所有者の転移
さらに調べると、同一人物の名義で仮登記された物件が他にも複数見つかった。そのすべてが、名義変更の途中で止まっている。仮登記だけを利用した、合法的な“凍結”状態。
土地は使えないが、価値は保ったまま。誰かがそれを逆手に取り、何かに利用していたのだ。だとすれば、この老婦人の土地も、その“犠牲”にされたのかもしれない。
サトウさんの冷静な推理
「これ、名義をわざと変えずにおいて、別の目的に使ってますね」とサトウさんは言う。その言い方は、まるで既に結論に達しているかのようだった。
冷静な口調で、仮登記を“意図的に放置する”ことで不正な税逃れが可能になるケースを説明された。いや、僕よりずっと探偵らしいな、ほんとに。
売買契約書に滲む偽造の痕跡
老婦人の持参した契約書の中には、明らかに印影が不自然なものがあった。スキャナで拡大すると、部分的に文字がにじんでいる。どうやら、印鑑の画像を貼り付けたような偽造だ。
「あれ?これって、他の案件でも……」僕は思わず独りごちる。そう、過去に扱った“土地成りすまし詐欺”と酷似していたのだ。
印鑑証明書の発行日が語るもの
しかも印鑑証明書の発行日が、契約日よりも後の日付になっていた。普通は逆だ。書類の順番が完全におかしい。これは明らかな証拠になる。
つまり、契約書そのものが後付けで作られた可能性が高い。やれやれ、、、こういう見え透いた手口に振り回されるのも、司法書士の宿命か。
消えた登記識別情報の謎
仮登記名義人に連絡を試みるも、所在不明。登記識別情報の通知も届いていないという。これはもう、完全に“捨て名義”だ。
「誰かがこっそり捨て駒を使って、登記を操ってるな」と僕はつぶやいた。後ろには、もっと大きな黒幕がいるかもしれない。
登記申請書は誰が提出したのか
提出された申請書には、ある司法書士の名前があった。だがその司法書士は、すでに2年前に業務を廃業していた。となると、名前を勝手に使った“なりすまし”の可能性が浮かぶ。
どこまでも不正の連鎖は続く。登記の世界が、まるでブラックジャックのような無免許医者に荒らされている気がした。
申請代理人に隠された真実
その申請代理人の住所を辿ると、実体のない“バーチャルオフィス”だった。つまり、実在していない司法書士を名乗り、全国の土地に仮登記だけを行い続けていたというわけだ。
一件の地味な仮登記が、ここまでの闇につながるとは。こんなときに限って、胃が痛む。サトウさんは「胃薬、買っておきますね」と塩対応だった。
犯人は登記の裏にいた
証拠を整理し、警察に提出。その後の調査で、土地転がし詐欺グループの一員が逮捕された。仮登記を盾に、遺産相続中の土地を次々に狙っていたらしい。
老婦人の土地も、彼らの“次の標的”だったというわけだ。未遂で防げたのは、不幸中の幸いだろう。
欲望が生んだ名義変更の罠
仮登記は本来、法的な権利保全の手段だ。だが、それが悪用されると、簡単に“合法風の罠”になりうる。そのことを痛感する事件だった。
名義にまつわるトラブルの裏には、必ず“人間の欲”が絡んでいる。今回も、まさにそれだった。
名義を利用した遺産争いの真相
さらに調査の結果、遠縁の親族が仮登記の発端に関わっていたことが判明した。遺産相続をめぐる争いのなかで、金銭トラブルが発生していたという。
「結局、家族が一番怖いんだな」と思わずつぶやくと、サトウさんが「それ、サザエさんでも同じですよね」とボソリ。確かに、波平も怒ってばかりだ。
やれやれと思わず漏れた結末
無事に仮登記は抹消され、老婦人の名義に戻された。ようやく落ち着いたと思った僕は、ふと書棚の芋焼酎に手を伸ばす。
「やれやれ、、、今日もなんとか終わったか」とつぶやくと、サトウさんが一言。「またすぐ次の電話が鳴りますよ」。その予言は、10秒後に現実となった。