登記簿が隠す最後の家族

登記簿が隠す最後の家族

静かな朝に届いた奇妙な相談

朝、いつものようにインスタントの味噌汁をすすっていたら、事務所の電話が鳴った。ナンバーディスプレイには見慣れない番号。出ると、男性の低い声が震えながらこう言った。「実家の登記が、どうもおかしいんです」

相続か名義変更か、よくある話だと思っていたが、なにか引っかかる。彼は、実家が数年前に兄によって売却されたはずなのに、なぜかまだ父親名義のままだというのだ。

「兄に聞いてもはぐらかされて…父の死亡後、相続の話もなかったんです。司法書士さん、調べていただけませんか」

古びた空き家と知られざる相続人

さっそく現地調査に赴いた。田舎の山間にある古びた平屋。雨樋は外れ、庭は雑草に覆われていた。近所の住人の話によると、数年前から誰も住んでいないという。

だが、ポストには新しい広告が何枚も入っており、最近誰かが様子を見に来ている形跡がある。兄が売却したという話とどうにも合致しない。

「相続登記されていない」という事実が、すでに小さな謎を孕んでいた。

サトウさんの無慈悲な第一声

事務所に戻って報告すると、サトウさんは一言。「なんで売ったって言ったんでしょうね。嘘つく意味あります?」

コーヒーを飲みながら、あっさりした口調で核心を突いてくる。塩対応とはこのことだ。

「どうせまたシンドウさん、うっかり名義人見落としてるんじゃないんですか?」とチクリ。やれやれ、、、朝から胃が痛くなる。

登記簿に残された微かな違和感

法務局で登記簿謄本を確認する。確かに父親の名義のままだ。だが、住所欄に見覚えのない数字が並んでいた。

「あれ、この番地…登記上の住所、昔の表記のままじゃないか?」

住居表示の実施による地番変更を調べると、確かに10年前に変更されていた。だが、相続人が更新していなければ、旧住所のままでも通ることもある。

旧姓が語るもう一つの人生

さらに戸籍を辿ると、父親の養子縁組の記録が出てきた。そこには依頼者の兄ではない、もう一人の名前が。

しかも、女性。「旧姓・杉山佳子」——まったく聞いていない人物だ。

「これは、隠された家族の匂いがしますね」とサトウさんが呟いた。怖いほど淡々と。

依頼人の曖昧な記憶と途切れた家族関係

依頼者に確認すると、確かに父親が昔一度再婚していたという話をうっすら聞いたことがあるという。

だがその女性はすぐに出ていき、兄と二人きりで育ったため、それ以上のことは知らないらしい。

「戸籍ってすごいですね…。忘れてたことまで思い出させるんだ」と、依頼者は驚いたように呟いた。

遺言書の不在と兄の行方

兄に連絡を取ろうとしても、電話もメールも応答がない。引っ越して音信不通になっていた。

遺言書の有無を確認するも、公正証書遺言はなし。自筆証書も出てこない。完全に、法定相続の状態だった。

つまり、この物件には依頼人以外にもう一人、知られざる相続人が存在する。

実家に眠る一冊のノート

改めて実家を訪れ、中を調べる許可を得た。埃をかぶった居間、仏壇の裏に小さなノートが落ちていた。

そこには日記のようなメモがびっしりと記されていた。あるページに「佳子へ」と書かれたメッセージ。

「お前の名前はもう書かないが、いつかこの家を渡したいと願っている」——父親の手書きだった。

押し入れの奥に隠された秘密

押し入れの奥には、一通の封筒が隠されていた。中には、佳子さんの現在の住民票の写し。

彼女の居所は遠く離れた地方都市。誰かがここを整理しようとしていた形跡があった。

つまり、兄が売却したというのは嘘だったのだ。

元野球部の勘が冴えた日

かつてキャッチャーだった俺の感覚がピリッと働いた。「兄は、家を処分しようとしたが相続ができなかったんだ」

「だから、売却したことにして逃げた。そして誰かに、登記の片付けを依頼していた」

それが誰か——おそらく、もう一人の相続人である佳子さんだった。

キャッチャー時代の記憶が事件を動かす

「ランナー三塁、ツーアウト。盗塁してくるかもしれない。そんなとき、勘で構えるしかないんです」

俺はそう言いながら、相続関係説明図にメモを追加した。複雑な人間関係も、図にすれば整理がつく。

そして、そこに浮かび上がったものは——兄の嘘と、父親の遺志。

やれやれ、、、久々の全力投球だ

「戸籍、住民票、登記、全部揃えるのに一週間。最後は法務局に走り回って…」

手続きは無事に完了したが、正直、ぐったりだ。やれやれ、、、久々にフルイニング投げた気分だ。

でも、これが俺の仕事だ。泣き言ばかり言っても、最後にはきちんと結果を出す。

依頼人の目に浮かんだ涙の理由

報告を終えると、依頼人は静かに頭を下げた。「父が、そんな風に思っていたなんて…知れてよかったです」

登記は、ただの紙の記録じゃない。そこには人の歴史が詰まっている。そんな瞬間に立ち会えるのが、この仕事の醍醐味かもしれない。

それでも、俺はネガティブだ。忙しいし、モテないし、飯はカップラーメンばかり。

兄が語らなかった家族の記憶

「兄さん、何も言わずに出ていったけど、ちゃんと自分なりに整理してたんですね」

それが分かっただけで、依頼人の気持ちは少し救われたようだった。

家族のカタチは人それぞれ。登記はその影を映し出す鏡のようなものだ。

事件の終わりと登記の完了

ようやく全ての書類がそろい、相続登記は完了。法務局の窓口で「問題なし」のスタンプが押された。

事務所に戻ると、サトウさんが無言でアイスコーヒーを差し出してくれた。

こういう気配りだけは、一流だ。ありがとうとは言わないけど。

サトウさんの一言で締まる仕事

「で、今回も最後はうっかりじゃなく、ちゃんと決めたんですね」

サトウさんの無表情な顔に、ほんの少しだけ笑みが見えた気がした。

やっぱり、彼女には敵わないなと思いながら、俺は椅子に沈み込んだ。

シンドウの独り言

書類の山、冷めたカップラーメン、静かな事務所。今日もまた、地味だけど誰かの人生に関わった。

それでも、誰にも感謝されないこともある。報われないことだってある。けど、それでもやるしかない。

俺は司法書士。人生の裏側を、紙と判子で読み解く仕事だ。

それでも明日は誰かのために

「明日も何か起きるんでしょうね…」と、独り言を呟いた瞬間。

また電話が鳴った。今度は、遺言書のトラブルらしい。

やれやれ、、、俺の休みはいつ来るんだろうか。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓