登記簿に忍び寄る足音

登記簿に忍び寄る足音

事務所に届いた一本の電話

「すみません、私の家が知らないうちに他人名義になっているんです」
電話越しの女性の声は震えていた。よくある相談とは明らかに違う温度を感じた。
登記の世界は静かだが、そこに刻まれた一行には、時に人生を根こそぎ揺さぶる重みがある。

見知らぬ女性の沈黙

事務所での面談中、その女性は不安げに何度も机の角を撫でていた。
「この家は、父から相続したものです。売った覚えはありません」
僕は登記簿を確認し、確かに現在の所有者欄に彼女の名前はなかった。

依頼の内容は登記の訂正

「これは、所有権移転登記の誤りか、あるいは不正な申請か」
素人には見分けがつかないだろうが、我々の目から見れば、この違いは致命的だ。
訂正申請で済むならいい。だが、誰かが意図的に登記をいじったのなら話は別だ。

所有権移転に潜む矛盾

登記の原因欄には「売買」とある。しかし売買契約書が見当たらない。
「この契約書、どこで手に入れましたか?」と尋ねると、彼女は「家の中の引き出しにありました」と答えた。
しかも、その日付は、彼女が長期入院していた時期とぴったり重なる。

現地調査と旧地主の証言

現地へ赴くと、近所の老人がぽつりと漏らした。
「あの時は、夜中に見慣れない男たちが何か運び込んでたよ」
登記簿の異動があったのと、ちょうど同じ頃だった。

「私はこの家を売っていない」

女性の母親が病院から戻ったタイミングで、家を訪ねた。
彼女は手帳を取り出し、震える手で書かれていた日記を見せてくれた。
「この家は、手放さない。そう父が遺してくれた」と、その一節が胸に刺さった。

不自然に整った登記簿の履歴

登記簿の内容は、あまりにも整然としていた。書式も完璧。逆に不自然だった。
特に所有権移転の申請書は、文字にまったくブレがない。まるで機械のような字体だ。
僕の勘が騒ぎ始めていた。これはただの事務ミスじゃない。

所有者が変わった日と雨の日の一致

調査を進めると、所有権が移った日、その地域は大雨だった。
近所の人は「その日、誰かが傘も差さず家に入っていった」と証言した。
不自然に濡れた床の跡が、まだ残っていた。

隣人が語る深夜の訪問者

「確か、赤い軽自動車だったよ。ナンバーは、、、覚えてないが」
隣人は、夜中に見た不審者のことを詳細に語ってくれた。
「黒い帽子を深くかぶってて、まるで漫画の怪盗みたいだった」とも。

赤い車と黒い帽子の男

その特徴は、過去の詐欺事件と一致していた。
「司法書士を装って家に入り、勝手に登記を変える」そんな事件が、数年前にも起きていた。
やれやれ、、、また面倒な展開になりそうだ。

古い契約書に残る筆跡の謎

契約書の筆跡を確認すると、不自然な箇所が浮かび上がった。
「この“村”の字、ちょっと変じゃないか?」
そう言ったのは、事務所で紅茶を淹れていたサトウさんだった。

筆跡鑑定で明らかになる偽造の痕

鑑定に出すと、筆跡は本人のものではなかった。
インクも複数種類が混在し、偽造の痕跡が顕著だった。
これは、完全にアウトだ。

司法書士会への照会と不審な動き

司法書士会に照会をかけると、似た手口の事件記録が3件も見つかった。
しかも、すべて同じ地区で発生していた。
僕はすぐに、その資料をサトウさんに送ってもらった。

過去にも同様のケースが

事件の根は深い。そして犯人は、おそらく司法書士の資格を持っていた者。
内部の事情を知っていなければ、ここまで巧妙な偽装はできない。
まさか、あの名前が出てくるとは思わなかった。

サトウさんの冷静な分析

「この申請書、どう見ても同じ人の手口です」
彼女は過去の事件資料と照合し、特定の癖を見つけた。
“氏名欄の『郎』の部分が少し跳ねる”。なるほど、名探偵コナンでもそんなトリックがあった。

ある登記申請の特徴的な癖

件の申請書にも、同じ跳ねがあった。
これで、犯人が同一人物である可能性は極めて高い。
警察へ通報する準備を整えた。

浮かび上がるもう一人の司法書士

旧知の司法書士「ミヤザキ」の名前が浮かび上がった。
彼は数年前に資格を返上していたが、怪しい噂が絶えなかった。
「人は見かけによらない」とは、よく言ったものだ。

偽名で活動する影の存在

ミヤザキは別名義で登記申請を行い、依頼人を装っていた。
その手口は、あたかも怪盗ルパンのように鮮やかだったが、詰めが甘かった。
正義の執行は、サザエさんのエンディングのように、毎週やってくるわけじゃない。

真相に迫るための再訪問

再び現地へ。家の屋根裏に怪しい隠し箱があった。
中には、真の契約書と、犯行計画のメモが残されていた。
決定的証拠だ。

屋根裏部屋に残された原本

「これが、本物です」
女性は涙を浮かべ、拳を握りしめた。
彼女の家は、ようやく取り戻される。

決定的証拠はひとつのインクのにじみ

万年筆のインクが、にじんだ箇所があった。
それが唯一、偽造文書と本物を区別する証だった。
細部のこだわりが、犯人を追い詰めた。

万年筆の種類から導いた答え

ミヤザキが愛用していたのは、廃番となった「ペリカン400」。
そのインクの粘性が、にじみの特徴と一致していた。
こうして、点と点が線になった。

犯人の自供とその動機

ミヤザキは観念し、すべてを語った。
借金、焦り、そして「昔の勘を試したかった」という歪んだ動機。
だが、人の人生を弄ぶ代償は、あまりにも大きかった。

家族を守るための罪

彼もまた家族を守ろうとした。だが、それは正しい方法ではなかった。
「あなたが守ろうとした家族も、壊れてしまいましたよ」とだけ伝えた。
静かに、涙をこぼした彼の姿が印象的だった。

依頼人の涙と謝罪

女性は涙を流しながら、僕に深く頭を下げた。
「こんなことまでしていただいて、本当にありがとうございます」
僕はただ、「司法書士の仕事ですから」とだけ答えた。

許されざる正義のかたち

正義とは、必ずしも喝采を浴びるものではない。
地味で、目立たなくて、時に誰にも知られず終わる。
だが、それでもやる価値があると、僕は信じている。

事件の終わりと日常への回帰

「サトウさん、今日はもう閉めよう」
「最初からそのつもりでしたけど?」
やれやれ、、、この事務所の真のボスは、どうやら僕ではなさそうだ。

「やれやれ、、、今日は定時で帰れると思ったんだけどな」

僕は背伸びをして、蛍光灯を消した。
帰り道の空は、もう秋の匂いがしていた。
静かに扉を閉める音が、また新たな一日を告げていた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓