朝の静寂と不穏な依頼
地方都市の朝は静かだ。郵便受けに届いた封筒を手に取りながら、俺はため息をついた。差出人は不明、内容は一通の登記事項証明書と、手書きのメモだった。
「この登記に、不正があります。助けてください」 走り書きのメモは震えていて、まるで漫画『名探偵コナン』の被害者が最後に残す血文字のようだった。やれやれ、、、今日もまた穏やかじゃない一日になりそうだ。
封筒一枚が運んできた異変
登記事項証明書には、ある土地の名義が最近変更されたことが記されていた。被相続人は高橋義男、名義人はその長男・高橋優一。だが、何かが引っかかる。
住所、変更日、そして登録免許税の額。どれも一見正しいが、登記を見慣れていれば気づくはずだ。これは何かを隠している、と。
サトウさんの冷静な観察
「この住所、登記されたの最近ですが、本人確認書類の日付が古すぎます。平成時代ですよ」 パソコンの前で淡々と語るサトウさん。口調は塩対応でも、その目は鋭い。
「これ、本人の意思じゃなくて、書類を流用してる可能性ありますね」 俺は唸った。サトウさんが言うなら、十中八九当たりだ。気が重くなるが、依頼者の顔が見えない以上、動くしかない。
亡き父の名が残る土地
訪れたのは、山間にある平屋の家。雑草が伸び、風鈴だけがかすかに音を立てていた。出てきたのは老いた女性、被相続人の妹だった。
「兄の名義が急に変わってて、、、私、何も聞いていなかったんです」 涙を浮かべた彼女の話は、法定相続では説明できない“心の相続”の存在を思わせた。
相続登記に潜む違和感
俺たち司法書士が最も注意すべきは、「権利の真実」だ。申請書に押された印鑑と、戸籍に記された法定相続人の名前。どちらも帳尻は合っている。
だが、あまりにも“整いすぎて”いた。まるでアニメ『ルパン三世』のように、痕跡を消した完璧な偽造。それは逆に、計画性の証拠だった。
登記簿の「日付」が意味するもの
名義変更がされた日、実はその一週間前に被相続人の死亡届が出されていた。しかし、登記申請書ではそれが“まだ生きていた”ことになっている。
つまり、虚偽の書類で相続登記が行われていたのだ。俺は、事実上の遺産横領と見た。これは刑事事件になる可能性もある。
旧友との再会と交錯する記憶
この土地の名義人・高橋優一。俺の中学時代の同級生だった。野球部で一緒に汗を流した、あの優一だ。まさかこんな形で再会するとは。
「登記?ああ、それは行政書士に任せてやったから詳しくないんだよ」 笑ってごまかすような口調が、逆に怪しかった。俺の記憶の中の優一は、そんなズルはしない男だったはずだ。
昔話の中に現れる伏線
「俺たち、いつもお前がキャッチャーで、俺がピッチャーだったよな」 優一の言葉に、俺は一瞬だけ昔の試合を思い出した。そうだ、あのときのサインミスも、俺のせいだった。
「……お前、昔からうっかりしてたもんな」 その言葉が妙に刺さった。もしかして、今回も俺が何か“見落としてる”のか?
名義変更の謎に挑む
俺は再度、登記簿を見直した。印鑑証明書の発行元が、県外の役場だった。しかも、それは優一の住民票が移された直後のものである。
「これは、優一が“何かを誤魔化すため”に移したに違いない」 俺の直感がそう告げた。これは、ただの相続ではない。遺言書が存在するか、調べる必要がある。
通帳に眠る小さな手がかり
遺族の話から、義男の通帳が残されていると知り、確認を取った。数年前からの出金記録に、不可解な送金があった。
定期的に、優一の口座に数十万ずつ振り込まれていたのだ。まるで、生前贈与を装った“遺産の前渡し”のように見えた。
金の流れが語るもう一つの物語
この送金が遺言と関係していれば、登記の正当性も揺らぐ。だが、裏付けとなる遺言書が見当たらない。誰かが“破棄した”可能性がある。
サトウさんはぽつりと呟いた。「封筒って、たいてい“隠す”より“捨てる”方が手っ取り早いですし」 俺はピンときた。もしや、捨てられた封筒がどこかに——
司法書士が見る数字の意味
司法書士は、数字を見る目を鍛えている。金の動き、印紙の額、登録免許税。全てに不自然があれば、それは“声なき証言”なのだ。
この数字は叫んでいる。「これは偽りだ」と。そう思った瞬間、俺はようやく、見落としていたピースに気づいた。
暗闇に光る一通の遺言書
物置の奥、古い缶の中から出てきた遺言書。封がされ、日付も公正証書ではないが、署名・押印がなされていた。宛先は——高橋の妹だった。
そこには「土地は妹に遺す」と明記されていた。つまり、今の登記は完全に無効。妹が正当な相続人だった。
「捨てた」と言われた封筒の行方
優一は遺言書の存在を知りながら、それを“捨てた”のだ。だが、完全に処分できなかったのかもしれない。うっかり者が多いのは、俺だけじゃなかったようだ。
サザエさんのカツオがテストを隠して結局バレるように、人は大事なものほど変な場所にしまって忘れるものなのだ。
やれやれ、、、最後のピースが揃う
俺は法務局に訂正の申請を行い、妹を真の名義人として登記し直した。刑事告訴については、妹の寛大な判断で見送られた。
「兄が最後に守ってくれた気がするんです」 そう笑った彼女の顔に、確かに“微笑”が残っていた。
小さな嘘が守った家族
登記は時に冷たいが、そこに宿る意思までは消せない。優一の行動は許されないが、家族を守りたいという思いもまた、事実だった。
俺は何も言わずに、静かに書類を綴じた。
司法書士としての決断
「これで、すべて終わりました」 そうサトウさんに伝えると、「遅いです」と冷たく返された。やれやれ、、、 俺の戦いは、明日も続く。
静かに閉じる登記の物語
夕方の事務所に、西日が差し込む。俺は、今日の事件がいつもの業務の一部だったことに気づく。 物語が終わるとき、それはきっと“誰かの安心”につながっている。
静かな笑みを残して、今日もまた、登記簿は閉じられるのだった。