序章 疲れ切った月曜日の朝
予定外の来客とぬかるんだ気分
月曜日の朝、シンドウはデスクに座りながら深いため息をついた。昨晩遅くまで書類を片付け、今日も朝から気分が乗らない。事務所のドアが開く音がして、ふと顔を上げると、見慣れぬ顔が立っていた。顔色の悪い男、手には古びた相続書類を持っている。
「すみません、相談が…」と男が言うと、シンドウは思わず頭を抱えた。「やれやれ、、、また面倒なことになりそうだ」
依頼人が持ち込んだ不可解な相続の相談
土地の登記簿に刻まれた違和感
男は言った。「父が亡くなり、土地の相続を進めているのですが、登記簿に不自然な点がありまして…」 その土地は、男の父親が生前に所有していたはずだった。しかし、登記簿を確認すると、所有者の名前が違う。しかも、その登記は一度も更新されていない。シンドウは眉をひそめた。「何か隠された事情があるのだろうか」
登記簿の過去に残された奇妙な仮登記
所有者欄に記された名前の謎
登記簿を開くと、所有者欄には「田中慎一」の名前が記されていたが、他の記録と照らし合わせても、どうしても一致しない名前だ。シンドウはペンを回しながら、「仮登記が行われている時期と、売買契約の時期が一致していない。これはただ事じゃないな」と呟く。
サトウさんの冷静なツッコミと分析
地番と地図のわずかな違和感
サトウさんが黙ってデスクに座り、地図を広げた。「これ、少しおかしいですね。土地の番号が…」 「またか…」シンドウは手元のコーヒーカップを片手に、サトウさんの指摘を受け入れた。「地番がずれてるんだよな。でも、気になる点はそれだけじゃない…」 「仮登記が無効になる前に、誰かが手を打ったんでしょうね」とサトウさんは冷静に続けた。
法務局への問い合わせと判明した事実
謎の抹消申請とその日付
法務局に問い合わせた結果、驚くべき事実が判明した。抹消申請が出されていた日付は、父親が死亡した翌日であることがわかった。「誰かが急いで抹消申請をしたとしか考えられないな」とシンドウはつぶやいた。
過去の売買契約書を追跡する
封印された古いファイルの中身
シンドウは事務所の古い書類を整理し始めた。何度も見逃していた古い売買契約書が見つかった。その中に、仮登記が行われた日と、登記簿に記載された名前が一致する契約があった。それは、少し前に亡くなった田中慎一という男と、現在の所有者との間で結ばれた契約だった。
「なぜこんなものが?」シンドウは首をひねった。
かつて登記された幽霊のような所有者
転居届の記録と空白の十年間
さらに調査を続けると、田中慎一という人物は10年以上前に転居届を出しており、その後行方不明になっていたことが判明する。転居先の住所も、他の記録と照らし合わせると不自然なものだった。「一体何が隠されているのか?」シンドウは少し怖くなりながらも、事務所に座り込む。
やれやれと思わず漏れた午後三時の独り言
カップラーメンの湯気と重なる証拠の糸口
午後三時、カップラーメンをすすりながらシンドウは考えていた。「あの田中慎一が、土地を偽装して誰かに売っていた可能性が高いな…」 サトウさんが静かに言った。「最初からこの土地の取引には何かしらの裏があったんですね」 「そうだ…だが、これが解決しても俺には喜びがないな、やれやれ」とシンドウはため息をついた。
夜の調査と真夜中の土地確認
暗がりに現れた意外な人物
深夜、シンドウとサトウさんは再度現地へ向かった。街灯の下に立っているのは、見覚えのある人物――先ほどの依頼人の兄だった。なぜここにいるのかを尋ねると、兄は重い口を開いた。「すべては父親の遺志を守るためだった…」 「まさか、あなたが…」シンドウは驚きながらも、さらに追求を始めた。
嘘の証言と消された登記申請書
元名義人の供述の矛盾
兄の証言には矛盾があった。名義人として記録されていた人物が、実は数年前に死亡していたことがわかり、証言が嘘であることが明らかになる。シンドウは深く息を吸い込んだ。「とうとうここまで来たか…」
仮登記の裏に隠された家族の秘密
相続を巡る隠された動機
兄は、父親の死後、長年にわたって土地を乗っ取ろうとしていたことが明らかになる。だが、兄の意図は単純ではなかった。相続を巡る秘密が、彼の心に重くのしかかっていたのだ。「すべてが裏で繋がっていたんだな」とシンドウは悟った。
司法書士としての正義と迷い
書類一枚で人の人生が変わる現実
シンドウは深いため息をつきながら、案件をどう解決するかを考えた。「書類一枚で、こんなにも人の人生が変わる。司法書士という仕事の重さを、再認識したよ」 サトウさんは黙って彼の横で頷いた。
すべての糸が結ばれた瞬間
登記簿が語る最後の真実
全ての証拠が揃い、シンドウは最後の手を打つ。登記簿を改正し、正当な所有者に土地を戻す手続きを始めた。これでようやく真実が明らかになった。
そしてまた日常へと戻る朝
サトウさんの無言と一杯のインスタントコーヒー
翌朝、事務所に戻ると、サトウさんがいつも通り、無言でコーヒーを淹れてくれていた。「やれやれ、結局これが一番安定しているな」とシンドウは呟きながら、コーヒーを飲んだ。