登記簿が示した最後の証明

登記簿が示した最後の証明

登記簿が示した最後の証明

古びた一軒家の相談

ある日の午後、汗ばむシャツの背中を気にしながら事務所に戻ると、来客票に「伊藤」と記されていた。応接室には、古びた鞄を握りしめた六十代くらいの男性が座っていた。 「亡くなった兄の家を処分したいんです」と言うその目は、どこか怯えたようだった。事務所に漂う冷房の風が妙に生ぬるく感じられた。

依頼人が語る空白の十年

話を聞くと、その家には十年以上誰も住んでおらず、兄も行方不明のままだという。固定資産税は払い続けていたが、相続登記はしていなかったらしい。 「もう空き家対策の通知も来てまして……」と彼は言う。資料を受け取りながら、ぼくは心の中で「また面倒な案件か」と小さくうなだれた。

名義変更に潜む違和感

古い登記簿を見て、すぐに引っかかった。登記名義人の死亡年月日と、固定資産税の納付記録の整合が取れないのだ。 「これ、ずいぶん前に亡くなってることになってるけど、税金は直近まで本人名義で払われてる」とサトウさんが言う。 彼女の淡々とした口調には、どこか「またか」という呆れがにじんでいた。

不在者財産管理人の謎

調査で浮かび上がる失踪の真実

市役所や法務局、戸籍をあたっても、「死亡」の事実はどこにもなかった。代わりに現れたのは「不在者財産管理人選任」の記録だった。 これは簡単に言えば、生死不明の人の財産を管理する人を裁判所が選任する制度だ。 「けど、選任された管理人の行動記録があまりにもおかしい」とまたサトウさんが言う。彼女は既に東京高裁の公開記録を取り寄せていた。

隠された相続放棄の痕跡

依頼人の兄が失踪してから間もなく、他の兄弟たちが相続放棄していたことが判明した。 つまり、彼が戻らなければ、誰も家を相続する人間がいないという構図になる。 だが、なぜそのあとに固定資産税が「本人名義で」支払われ続けていたのか。答えは一人しかいない。目の前の依頼人、伊藤氏だ。

家族の名を持たぬ登記簿

登記原因の矛盾と虚偽の可能性

登記原因証明情報に目を通すと、「相続」による名義変更の登記申請がされていた記録がある。だが、これは真っ赤な嘘だ。 本来、相続放棄が成立している以上、誰も名義を継ぐことはできない。 なのに申請が通っている……となると、登記の内容自体が改ざんされている可能性が高い。

サトウさんの指摘した違和感

「この申請書類、印鑑証明書が本人じゃなくて”伊藤二郎”の分になってます。本人は”伊藤一郎”でしょ?」 小さな書類の違いに、サトウさんは一瞬で気づいていた。しかもその印鑑証明書は、同姓同名の他人のもので偽造されていた。 「やれやれ、、、登記の世界も、サザエさんみたいに日常の顔をして裏ではとんでもない騒動が起きてるもんだ」と、思わずため息が出た。

消えた被相続人と残された鍵

現地調査で得た新たな証言

ぼくは伊藤氏が処分しようとしている家を訪れた。近所の人の話によると、「最近まで夜に明かりがついてた」との証言があった。 鍵も不自然に新しくなっていた。家の管理がされている気配が濃厚だった。 つまり、依頼人の兄はまだ生きている可能性がある。あるいは、別人があの家に住んでいたか、だ。

戸籍にないもう一人の相続人

家の裏手にある物置を調べた。そこには最近の日付のついた雑誌や、冷蔵庫に入った食品が残っていた。 そして、古びた手帳に記された「伊藤三郎」という名前。戸籍には存在しなかった弟の名だ。 事実上の「隠し子」あるいは非嫡出子とされていたらしく、戸籍整理から意図的に外されていたようだ。

書類の改ざんとその動機

怪しい司法書士の署名

登記申請書を精査すると、ある司法書士の名前が出てきた。過去に数件の懲戒歴がある人物だった。 「この人、私が前に勤めてた事務所でも問題になってました」とサトウさんが記憶を辿る。 どうやら依頼人は、その司法書士を使って違法な登記を行った可能性が高い。

登記簿の一行に仕込まれた嘘

登記原因欄にある「令和三年 相続開始」──だが、死亡届も戸籍も存在しない。 それでも申請が通っていたのは、裁判所の管理人選任を悪用した手口だった。 「生きている兄を”死亡したことにして”登記を済ませていたんですね」とサトウさんがつぶやいた。

真相の証明とその代償

やれやれ事件はいつも足元から

ぼくらは不正登記の申出と共に、管轄法務局へ資料一式を提出した。 伊藤氏には不正登記による刑事責任が及ぶ可能性があるが、すべてを話したうえで自主申告を勧めた。 「自分の足元にあった泥を、他人のせいにしては登記簿に嘘が積もるだけだ」とぼくは伝えた。

サトウさんの皮肉と俺の反省

「今回も、どうせ最初から怪しいと思ってたんでしょ」とぼくが言うと、サトウさんは書類を整えながらこう返した。 「いえ、最初はただ面倒なだけだと思ってました。でも、あの目の泳ぎ方、どこかの探偵漫画で見たことあった気がして」 やれやれ、、、いつも一歩先を見ているのは、サトウさんの方だ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓