一人暮らし歴が長すぎて人と暮らす気力が消えた件
僕の名前はシンドウ。地方都市で司法書士をしている45歳独身男。
長年の一人暮らしにより、炊飯器の音すら自分の心拍と同期しているような日々だ。
そんなある日、事務員のサトウさんが、朝からえらく落ち着かない様子で机に書類を叩きつけていた。
「先生、事件です」
「事件って……まさか、また法務局で印紙を貼り間違えたんじゃないのか?」
「違います。これ、昨日の登記簿謄本です。申請者の住所変更が“未記載”になってるんです。しかも、別の誰かの情報が勝手に入ってる。おかしいと思いません?」
彼女が差し出した書類を見て、僕の背筋が伸びた。
登記情報に他人の情報が混ざる? ありえない。
まるでミステリ漫画でよくある“身代わり工作”のような、古典的なトリック臭がする。
やれやれ、、、今日もまた何かに巻き込まれる気がしてならない。
登記簿に紛れたもう一人の“住人”
調査を始めてすぐ、ある共通点に気づいた。
問題の登記には、変更申請をした依頼者とは別の名前——「コバヤシケンタ」という見知らぬ名がこっそり記載されていた。
「この名前、どこかで聞いたことが……」とつぶやいた僕に、サトウさんが冷静に答える。
「司法書士業界じゃ有名らしいですよ。いわゆる“ゴースト申請者”。空き家や廃屋の登記情報を乗っ取って、別人の名義にして転売する手口です」
空き家登記のトリック、ということか。
これは、過去に読んだ『怪盗アノニマス』の手口に似ている。
あの漫画では、怪盗が“登記のスキマ”を使って財産を奪うという話だった。
サザエさん家に入り浸るマスオさんのように
だが、ここで問題が発生した。
この不正登記、書類上では依頼人自身が提出したことになっているのだ。
「つまり……本人になりすました誰かが申請したってこと?」
「そうです。そして、その“誰か”が依頼人と同居している可能性が高いです」
「同居……だと?」
僕の脳裏に、ある光景が浮かんだ。
依頼人は一人暮らしだと聞いていた。しかし、訪問時に妙に減っていたトイレットペーパー、2個あった歯ブラシ……
サザエさんに毎日通うマスオさんじゃあるまいし、これは誰かと住んでるだろ。
推理は部屋干しの臭いから
そして決定打は、現場検証中に部屋の洗濯物の香りだった。
「この柔軟剤、先生の好きなやつですよね?でも依頼人は男でしたよね?」
「おいサトウ、それどういう意味だよ」
「いや、つまり“女性の気配”がするってことです。たぶん、同棲相手が勝手に申請したんですよ。で、ついでに彼氏の名義を別人に変えて、財産を奪おうと——」
なるほど。そういうことか。
依頼人の一人暮らしは、もう一人暮らしではなかった。
そしてその同居人こそが、すべての元凶。
やれやれ、、、僕には無理だ
事件は解決した。
依頼人には登記の再修正を行い、同居人とは話し合いの末に解消。
ただ、僕の方はというと、帰り道のスーパーでふと思ったのだ。
「2人分の惣菜を買う日が来るなら、俺は司法書士を辞めるかもしれんな……」
そして誰もいないキッチンで、1人用の味噌汁を温めながらつぶやいた。
やれやれ、、、やっぱり俺には、一人暮らしが性に合っている。
サザエさんの世界には、家族の喧騒がある。
でも、こっちはこっちで、静寂という“怪盗”にすっかり心を奪われてしまっているのだ。
続くかもしれない。
(でもきっと、次も一人だろう。)