ある日突然の相談者
書類一枚に秘められた不安
午後三時を回った頃、珍しく事務所のチャイムが鳴った。入ってきたのは、黒いスーツに身を包んだ四十代半ばの女性だった。彼女は震える手で一枚の登記簿謄本を差し出してきた。
来訪者は沈んだ表情の女性
「この土地、父のものだったはずなんです。でも、名義が違うんです」彼女の瞳は不安と怒りが入り混じっていた。仮登記という単語が踊る紙面を前に、俺はただ「ふむ」と唸るしかなかった。
仮登記簿に記された違和感
登記簿の記載が意味するもの
謄本には、十数年前の仮登記が一筆記載されていた。しかし、それを本登記にした形跡はなく、現所有者欄には第三者の名前。登記の時系列が、どこかおかしい。
サトウさんの冷静な指摘
「これ、仮登記抹消されてませんね」塩対応のサトウさんが、すぐに指摘する。俺よりも二歩くらい先を歩いてるのはいつものことだ。
不動産取引の裏側
数年前の所有者変更に空白がある
過去の登記申請書を洗ってみると、相続による名義変更がなされていた。だが、その根拠となるはずの遺産分割協議書が存在しない。まるで、「なかったこと」にされているようだった。
消えた権利者の謎
仮登記を入れた名義人は、実際には誰なのか。その人物が本当に存在していたのか、そもそも意思能力はあったのか。深く調べれば調べるほど、泥沼のように疑念が沸いてきた。
シンドウの地味な調査開始
古い資料を掘り起こして
市の文書庫に眠る台帳を一冊ずつめくっていく。資料の山に埋もれながら、俺は自分の運命を呪った。こういうとき、いつも思う。「俺、野球部だったのになぁ」と。
やれやれとため息混じりの電話確認
手がかりの電話をかけるたびに、たらい回しにされる。「そんな昔のことはわかりませんねぇ」と、どの窓口も気のない返事。やれやれ、、、世の中、親切心で回っているわけじゃない。
地元不動産会社との接触
登録免許税の話題から見える落とし穴
地元の老舗不動産屋で話を聞くと、「当時、妙な話があった」と耳打ちされた。仮登記を担保にした貸し付け、名義貸し、偽装売買——噂は数あれど証拠はない。だけど、何かがあったことは間違いないと感じた。
意外な証言と過去の因縁
「あの人、いま東京で音信不通らしいよ」不動産屋の社長がふと漏らした言葉に、背筋が凍った。それは仮登記名義人とされていた人物のことだった。
書類に現れたもうひとつの仮登記
二重に残された仮登記の謎
なんと、調査を進めるうちにもう一件の仮登記が浮かび上がった。それも同一人物によるもの。しかも年月日が数日ずれていた。二重に仮登記を入れる理由とは一体——
なぜか一筆だけ抜けていた
土地の筆数のうち、ひとつだけ仮登記が存在しなかった。つまり、それだけが「本当の」所有者のまま残されていたのだ。そこに、この事件の鍵が隠されていた。
サトウさんの一喝
「これ、誰も気づかなかったんですか?」
「え?これ……あからさまじゃないですか」サトウさんが机をバンと叩く。俺はコーヒーをこぼした。「どう考えても、偽装してますよこの仮登記」
事務所が一瞬凍りつく
たしかに、見れば見るほど仮登記の内容が不自然だった。日付、押印、申請者の代理人名までが違う筆跡。それを見逃していた自分に冷や汗が流れる。
失踪した名義人の行方
古い郵便物がつなぐ手がかり
地番を辿って旧住所へ向かうと、廃屋になった建物が一つ。郵便受けには、十年前の転送不要の封筒が残っていた。その差出人が、思わぬヒントを与えてくれた。
名義人は生きていたのか
差出人は、成年後見制度の申立書に関与した司法書士だった。つまり、名義人は精神的な理由で登記行為ができなかったのだ。すべての仮登記は、代理人の「勝手な創作」だった。
登記の裏にあった動機
利用された仮登記の仕組み
事情を知っていた周囲の人間が、それを利用して不動産を動かした。仮登記を盾にして、他人の財産を掠め取ったのだ。まるで、泥棒が「借りてただけです」と言い訳するように。
揺らぐ売買契約の正当性
売買契約の根拠は、すべてが仮登記の上に成り立っていた。しかし、そもそもその仮登記が無効なら、全体が崩れる。司法書士として、これは見過ごせない話だった。
最後の一手は地味な申請書
書類一枚で解決する不正
最終的には、地方法務局に対して仮登記の抹消を申し出た。根拠資料と陳述書を添えて、粛々と申請。派手なドラマはない。だが、正しい結末だった。
正義感ではなく粘りが決め手
俺がやったのは、粘り強く紙をめくり、電話をかけ、資料を洗っただけ。ヒーローじゃない。ただの地味な司法書士だ。それでも、誰かの財産を守れたなら、それでいい。
静かに戻る日常
シンドウの愚痴とサトウさんの無言
「まったく、地味すぎるよ俺の仕事は……」と嘆く俺に、サトウさんは「うるさいです」と一言だけ吐いた。でも、ちょっとだけ口元が緩んでいた気がした。
今日もまた事件は書類の中から
いつものように、山積みの登記申請書が机の上に並んでいる。そこに潜む罠とトラブルに、今日も俺は頭を抱える。やれやれ、、、サザエさんのように平穏には終われないらしい。