はじまりの違和感
古い家屋の売却相談
都心から少し離れた田舎町、築六十年の平屋の売却相談が事務所に舞い込んだ。依頼者は穏やかそうな初老の男性で、兄の家を相続し売却したいと言う。書類も整っているように見えた。だが、直感が告げていた——これは、なにかある。
身分証と登記簿の食い違い
登記簿に記された所有者の生年月日と、依頼者の身分証のそれがわずかに違っていた。昭和32年2月1日と昭和33年2月1日。1年の違いだが、登記においては致命的だ。依頼者に尋ねると「兄が間違えてたんですかね」と曖昧に笑った。
サトウさんの即断
妙な登記名義の並び
「この名義、前回の相続で一度整理されてるはずです。なのに単独名義っておかしくないですか?」 サトウさんは登記簿を斜めに見ながらつぶやいた。彼女の指摘通り、過去の遺産分割協議の痕跡が一切ない。なのに名義はすっきりと一人だけ。
事務所内での短いやり取り
「兄のままでしょ? 名義人は」 「いえ、名義変更は済んでます。書類上は」 パタ、とファイルを閉じたサトウさんが冷たく言った。気圧されるように依頼者は口を閉ざし、トイレに立ったまま、戻ってこなかった。
足取りを追う
市役所での住民票取得
市役所の職員は親切だったが、住民票コードが一致しないことに戸惑いを見せた。依頼者の言う「兄」は、十年前に死亡していた。それなら、どうやって登記が変更されたのか。疑問は深まるばかりだ。
同姓同名の影に潜むもの
「昭和33年生まれの“アライケンジ”は全国に12人います」 サトウさんが調べた結果に、頭が痛くなった。なるほど、サザエさんでいうと「波平さんが二人いた」ようなものだ。戸籍をたどらなければ、真実は見えてこない。
消えた戸籍の謎
除籍簿の空白
本籍地の役場で取得した除籍簿には、アライケンジの名がない。まるで誰かが意図的にページを抜き取ったかのようだった。係員は「古い記録は焼失していて…」と答えたが、紙の劣化具合は不自然だった。
係員の不自然な反応
再度問い合わせると、別の係員が「この件については上司から回答しないよう言われています」と口を閉ざした。行政の内部にまで何らかの力が働いているのか。やれやれ、、、また厄介なやつに首を突っ込んじまった。
かすれた実印
押印の微妙な違い
登記申請書の実印が、かすかに傾いていた。それだけならよくある話だが、筆圧が極端に弱い。しかも、印鑑証明書の日付と照らし合わせると、印鑑証明が取得されたのは死亡日よりも「後」だった。
印鑑証明書の申請日
「これ、申請者本人じゃないですね」 サトウさんがパソコンで照合していた。印鑑証明書の交付履歴が、別人の身分証と紐づいていたのだ。登記申請が通ったのは、本人確認が不十分な法務局の見落としだった。
もう一人の依頼者
電話の主は誰だったのか
初めにアポを取ってきた電話の声は若々しかった。にもかかわらず、事務所に現れたのは初老の男。「息子です」と言っていたが、息子にしては妙に老けていた。その違和感が、ようやく腑に落ちた。
録音データに残る違和感
電話の録音を再生すると、確かに若い声が言った——「司法書士さん、相続登記をお願いしたいんです」。あれは本人ではなかった。依頼者を名乗る男は、偽造された身分証で他人になりすましていたのだ。
サザエさんに例えるなら
波平とフネの名義が逆だったら
もし波平さんの名義にフネさんが成りすまして、家を勝手に売ったとしたら、サザエさんはどうするだろう。きっとカツオが騒ぎ、マスオさんが泡を吹き、最後にタマが真実を見抜く。 現実は、そんなコミカルでは済まされない。
偽装相続のからくり
成りすましの動機
彼は借金を抱えていた。死亡した兄になりすまして遺産を相続し、家を売却しようとしていた。バレたときのために、別名義の口座と海外送金の準備までしていた。 見た目はただの善人、でも中身はまるで怪盗キッドだ。
司法書士の見抜き方
登記簿を“読む”だけではダメだ。登記の“背景”を感じ取ることが、司法書士の役割だ。名前と印影、日付と住所、すべての情報に目を凝らし、わずかな違和感を拾い上げる。それが、真実にたどり着く鍵になる。
真実への手続き
錯誤による抹消登記
法務局には、錯誤による抹消登記を申し立てた。被害を受けた遺族にも連絡を取り、無事、所有権は正当な相続人に戻された。あの男は、不正登記と詐欺未遂で逮捕された。
公証役場との連携
公証役場の協力も得て、今後は同様の成りすましを防ぐ体制が整えられた。登記の世界も、少しずつではあるが強固になっていく。 まるで、ワンピースの仲間たちのように、それぞれが持ち場を守ることで、正義がかたちになる。
事件の終わりと一言
依頼人の涙と感謝
正当な相続人は、遠方に住む娘だった。彼女は静かに涙を流しながら「父の家を守ってくれてありがとうございます」と頭を下げた。シンドウとしては、ただ当たり前の仕事をしただけだったが、その言葉は胸に染みた。
シンドウのつぶやきやれやれ
事務所に戻ると、サトウさんは何事もなかったようにファイルを片付けていた。コーヒーの湯気がゆらめく中、俺は椅子に腰を下ろして、つぶやいた。 「やれやれ、、、もう少し平和な登記が来ないものかね」