共有持分に沈む影
奇妙な相続登記依頼
ある朝、机の上に分厚い封筒が置かれていた。差出人は地元の不動産屋で、内容は相続登記の依頼書類。表面上はよくある案件だったが、手続き上、不可解な点がちらついていた。
サトウさんの眉間のシワ
「……これ、変ですね」と言わずとも、サトウさんの眉間のしわで違和感は伝わった。彼女が持っていた資料のひとつに、登記済証のコピーが挟まっていたが、なぜか最新のものではなかった。
登記簿に残された第三の名義
登記簿謄本を何度も見返すと、過去に共有者として記載されていた“村田昇”という名前が、ある時期から忽然と姿を消していた。その変更の理由がどの書類にも見当たらなかった。
四分の一の空白
依頼された家屋は、四人の兄弟姉妹によって共有されていたはずだった。だが、現在の登記には三人しか載っていない。そして持分合計がぴったり四分の四ではなく、なぜか端数が出ていた。
やれやれ、、、誰の計算ミスだ
「おかしいな……」と独り言を呟きながら、電卓片手に再計算する。いや、これはただの計算ミスではない。何かが隠されている。そう直感した。
地元金融機関からの奇妙なヒント
地元信金に立ち寄ったとき、顔なじみの職員が「昔あの土地、抵当がついてましたよね」とぽろりと言った。融資記録を調べると、なんと失踪した村田昇の名義で住宅ローンが組まれていた。
役所に眠る古い謄本
市役所の保管室で埃をかぶった分筆図面を見つけた。そこには四人の名がきちんと記されており、村田昇の筆跡と印鑑がはっきりと残っていた。
土地の分筆と家族の分裂
その分筆が行われた直後、村田だけが家を出て行き、それ以来音信不通となった。残された三人は、土地の持分を再構成したが、彼の持分の扱いを巡って揉めていたという。
近隣住民の証言と家系図の矛盾
「村田さん?昔はあの家に四人で住んでたよ」近所のおばあさんがそう言う。しかし現在の家系図には村田の名前がなかった。まるで最初から存在しなかったように。
サトウさんの冷静な推理
無言でサトウさんがホワイトボードに相関図を書き出す。その筆が止まったのは、“存在しないはずの共有者”の位置だった。彼女の目が静かにこちらを見ていた。
登記官のうっかりと故意の境界
登記記録の過去を掘り返すと、一度だけ訂正登記がなされていた。形式上は「誤記の訂正」だったが、そこには村田昇の名が削除されていた。誰かが申請した。誰かが、村田の存在を消したのだ。
犯人は誰かよりも
「誰が得をしたのか」——その問いを口にすると、全てが繋がった。村田の持分を密かに買い取った不動産業者が、持分を利用して他の相続人を圧迫し、高値で土地を転売していたのだった。
共有者の失踪と最後の契約書
古い借家の押し入れの奥から、村田昇の筆跡で書かれた契約書が見つかった。そこには、持分を売る代わりに“ある秘密”を口外しないとする念書が添えられていた。
サトウさんは黙ったまま
一通りの説明を終えると、サトウさんは何も言わず、湯呑みを持ち上げた。その動きはどこか「サザエさんが茶の間で波平をあしらう」ような静けさと落ち着きがあった。
今日もまた、登記は終わらない
「やれやれ、、、真実がわかっても、登記は一日じゃ終わらないか」夕暮れの事務所で書類に囲まれながら、俺はふと天井を見上げた。次の依頼は、もうポストに届いている。