仮登記簿に残された疑惑

仮登記簿に残された疑惑

不穏な相談の始まり

古びた家屋と不可解な仮登記

午後の陽射しがやけにまぶしく感じたのは、眠気のせいばかりではなかった。 目の前の依頼人、五十代後半の男は深く帽子をかぶり、視線を合わせようとしなかった。 「この家の仮登記、なぜかずっとそのままなんです。もう十年以上…」と男は言った。

依頼人の曖昧な説明

詳しく聞こうとしても、肝心な部分で話を濁す。 「いや、昔のことでして…」という常套句が何度も繰り返される。 依頼人が何かを隠しているのは明白だった。だが、それが何かはまだ見えなかった。

サトウさんの調査開始

閉ざされた法務局の扉

翌朝、サトウさんはいつもの無表情のまま、「調べてきます」と一言だけ残し、出かけていった。 法務局は思ったよりも閑散としていて、古い仮登記簿は倉庫のような部屋に押し込まれていたという。 「埃だらけで指が真っ黒になりました」と呟きながら、彼女は一冊の登記簿ファイルを机の上に置いた。

登記簿の中の不一致

そこには確かに依頼人の言う仮登記があった。だが、日付が合わない。 登記申請の日付と、仮登記がされた日が数ヶ月もずれていたのだ。 「このズレ、何か意図的な気がしませんか」とサトウさんが目を細めた。

仮登記の意味を読み解く

サザエさん方式では解けない

この展開、波平がちゃぶ台をひっくり返すレベルの不自然さだ。 サザエさんならオチが用意されているだろうが、現実はもっと泥臭い。 仮登記が長年そのまま放置されている理由は、単なる忘却では済まされない気がした。

消えた前所有者の正体

登記上の前所有者をたどると、すでに死亡していることが判明した。 だが、死亡届は出されておらず、戸籍にも空白が多い。 「これ、誰かが意図的に情報を抜いたんでしょうね」とサトウさんが静かに言った。

過去の記録に潜む影

相続登記の盲点

仮登記されたままの不動産は、相続登記を避けるために利用されることがある。 誰のものでもない、だが誰かの支配下にある——そんなグレーゾーン。 今回も、その類いの悪知恵が働いている可能性が濃厚だった。

住民票と戸籍の裏付け

役所での確認の結果、前所有者の戸籍には奇妙な空白期間があった。 住民票が数年単位で移動しておらず、所在不明扱いになっていたのだ。 まるで、意図的にその痕跡を消そうとしているかのようだった。

裏で糸を引く人物

司法書士を騙した男の素顔

さらに調査を進めるうちに、ある元司法書士の名前が浮かび上がった。 懲戒処分を受けて廃業していたその男は、以前この物件の仮登記に関与していた。 登記のズレも、その男の仕事によるものと判明した。

手口に潜む熟練の痕跡

偽装の手口は非常に巧妙だった。申請書類の筆跡、印影、すべてがプロの仕事だった。 だが、どこかに「らしさ」がにじみ出てしまうものだ。 サトウさんは一枚の申請書にだけつけられた、余計な一筆に気づいた。

シンドウの過去と重なる記憶

野球部時代のあのとき

その元司法書士の名前を見た瞬間、記憶がフラッシュバックした。 高校時代、同じ野球部だった男。口八丁手八丁で、俺とは正反対のタイプだった。 「まさか、こんな形で再会するとはな…」と、心の中で呟いた。

信頼と裏切りの交錯

当時、彼はエースだった。だが不正行為がバレて退部させられた。 それから音沙汰がなかったが、裏社会の登記に関わっていたとは…。 俺の中にあったわずかな友情の記憶も、ガラガラと崩れ去った。

決定的証拠を掴む

登記簿から読み取る意図

サトウさんが示した申請書の端に、日付の訂正跡が見つかった。 訂正印がなぜか他の印鑑とは微妙に違う。 「これ、誰かの代筆です。間違いなく本人の署名じゃない」と彼女は断言した。

付箋一枚に託された真実

申請書の間から、一枚の古びた付箋が落ちた。 そこには、「名義だけでも移しておきます。約束通り」と走り書きがあった。 それが、不正の決定的証拠となった。

サトウさんの推理が導く解決

矛盾する発言の真意

依頼人の「十年以上放置していた」という言葉が、逆に嘘を暴いた。 実際は数年前に名義を戻そうとしたが、不正がバレるのを恐れて断念したのだ。 全ては、仮登記を使った相続回避のための策略だった。

塩対応の奥にある鋭さ

「結局、最後の一手は“付箋”ってことですね」とサトウさんが呟いた。 彼女の目は冷静だったが、どこか誇らしげにも見えた。 俺はただ、うなずくしかなかった。

依頼人の涙と決断

隠された動機と後悔

依頼人は、過去に家族を裏切ったことを告白した。 「名義を戻せば、せめてもの償いになると思った」と、涙を流した。 遅すぎた後悔。それでも真実に向き合う決断には、価値があるはずだった。

失われた家族のつながり

この家は、依頼人の亡き姉のものであったことが判明した。 仮登記は彼女の意思を守るための“約束”でもあったのだ。 「俺がその約束を破ったんだ」と依頼人は静かに語った。

やれやれの午後

誰にも気づかれない正義

全ての資料をまとめ終えたとき、事務所には夕陽が差し込んでいた。 「やれやれ、、、この正義には拍手も勲章もないか」と俺は独り言を漏らした。 けれど、机の向こうでサトウさんがほんの少しだけ口角を上げたように見えた。

ふたりだけのささやかな乾杯

コンビニで買った缶コーヒーをカチンと鳴らす。 「一応、お疲れさまでした」とサトウさん。 俺は空を見上げながら、小さく呟いた。「今日もなんとか終わったな……」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓