仮処分が止めた真実

仮処分が止めた真実

登記所に届いた一通の仮処分通知

それは、いつもの月曜日だった。湿った封筒の束の中に、一通だけ異質な書類が混じっていた。差出人は地元では名の知れた弁護士、内容は仮処分命令であった。

仮処分は登記官にとっても慎重を要する代物だ。内容を確認し、事務処理の順番を見直す必要がある。だがその日、私はなぜか背筋に嫌な汗を感じていた。

いつもの朝と違う書類の封筒

封筒の紙質が妙に厚かった。まるで何かを隠すために包み直したかのようだった。印刷された文字も、明朝体ではなくゴシック体。違和感はそこから始まっていた。

開封すると、仮処分命令が1ページ、そして添付書類が2枚。だが、なぜか提出された時間の記録が空欄になっていた。役所のタイムスタンプが押されていないのである。

依頼人の焦りと沈黙の理由

午後、件の依頼人が事務所に現れた。妙にソワソワしていて、目が泳いでいる。仮処分について何も聞いていないというが、その割には状況をよく把握している。

「登記が止められているなんておかしいですよね?」と依頼人が言った瞬間、サトウさんが小さくため息をついたのを私は聞き逃さなかった。

仮処分が巻き起こした依頼人の対立

依頼人の背景には、不動産をめぐる兄弟間の争いがあったらしい。兄が登記を進めようとしたその瞬間、弟が差し出した仮処分がすべてを止めた。

しかし、提出されたタイミングがギリギリで、処理をめぐる優先順位が大きな鍵となっていた。まるで少年探偵団の話のように、提出時間の1分が命運を分ける。

法的措置の裏に隠れた感情

「書類の戦争って、感情の戦争なんですね」とぼそりとつぶやいたサトウさん。たしかに、その一言に尽きる。法的手続きの影には、嫉妬や怒りが滲んでいた。

私は過去の離婚登記や遺産分割の場面を思い出していた。法は感情を裁かない。しかし、感情はいつだって法の裏を突こうとする。

サトウさんが見抜いた妙な時系列

「この仮処分、提出されたのって本当に朝9時でしたか?」とサトウさん。提出時刻が空欄のままだった理由、それは誰かが“提出済み”を装っていたからだ。

事務所にあったFAXの通信記録と、登記所の押印記録を突き合わせた結果、本来10時半に届いたはずの仮処分が、8時59分の扱いになっていたのだ。

夜の電話と空白の三時間

その夜、私は電話を受けた。無言のまま3秒だけ通話が続き、切れた。発信履歴は非通知だったが、なぜか背筋が冷えた。

翌朝、仮処分の原本に細かい折れ目がついていた。昨日は無かったはずだ。夜の間に誰かが役所の保管庫を訪れたのか?

シンドウの失敗が鍵を握る

思えば、私が初日に見落とした原本の不自然な署名欄。二重線で消されていた旧所有者の名前が、どうも修正液のように白く浮いていた。

「やれやれ、、、」と思わず呟く。野球部時代の自分なら、こんなイージーミスは許されなかったろう。だが人生は、常に延長戦だ。

仮処分の提出タイミングに潜む罠

誰かが、故意に提出タイミングを偽装していた。朝一番で出されたように見せかけた仮処分は、実はその日の午後に滑り込んでいたものだった。

そして、それを補強する証拠が、登記所に出入りしていた一人の司法書士の行動記録から出てきた。防犯カメラの映像がすべてを物語っていた。

登記官の証言と破れた原本

登記官が語った。「確かに、昨日の夜、原本を見直すように指示された気がします。でも…誰が来たのか、覚えていないんです」

原本には、微かに濡れたあとがあった。インクが滲んでおり、まるで涙のように見えた。書類に感情はないが、操作された証拠はそこに残っていた。

あの夜登記所で何があったのか

夜間に侵入した者がいた可能性は否定できなかった。だが不思議なことに、警備システムは作動していなかった。つまり、内部の人間が関わっていた。

そして、その“内部”にアクセスできる人物はごく限られていた。真実は、依頼人の兄ではなく、その側にいたもう一人の補助者にあったのだ。

誰が原本を触ったのか

犯人は、仮処分の提出を操作し、登記を妨害することで金銭的利益を得ようとしていた。そのために、古い原本をわざと差し替え、日付を弄ったのだった。

しかし、原本の端に貼られていた“付箋”が、その存在を忘れていなかった。サトウさんの一言、「この糊、最近のです」に、すべての嘘が崩れた。

仮処分が止めたのは登記か真実か

最終的に、仮処分は不正な提出と判定され、登記は無効にされなかった。が、その過程で浮かび上がった人間模様の方が、よほど重たかった。

止められたのは、登記ではなく、誰かの嘘。そして、その嘘に寄り添った沈黙。仮処分は、紙切れ一枚で人の人生を止めもするし、救いもする。

真犯人が仕組んだ順番のトリック

提出順のトリック、それがこの事件の要だった。まるで名探偵コナンのトリックのように、時間を入れ替えただけで真実の顔が変わってしまった。

だが、司法書士の目は、そこまで騙せなかった。いや、サトウさんの目ですら。やっぱり、彼女には敵わない。

封筒の裏書が語るもう一つの結末

最後に決め手となったのは、封筒の裏に書かれた名前だった。旧字体で書かれていた「齊藤」の文字が、真犯人の筆跡と一致したのだ。

ちょっとした癖。だが、それが法の網から逃れられない証拠となった。どんな小さな事実も、見逃してはならない。

やれやれという言葉と最後のサイン

事件が解決し、ようやく落ち着いた午後、私はまた別の登記書類に向き合っていた。ため息をひとつついて、思わずこぼした。

「やれやれ、、、また今日も一件落着か。野球部時代よりずっと疲れるな」するとサトウさんが無言で書類を机に置いた。そこには付箋が一枚、こう書かれていた。

「次の事件、もう始まってますよ」――私は机に突っ伏したくなる衝動を、なんとか押しとどめた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓