登記簿が語る隣人の秘密

登記簿が語る隣人の秘密

序章 平穏に見えた街角の訪問者

朝から小雨が降る月曜日、事務所のチャイムが不自然なほど控えめに鳴った。
ドアを開けたそこには、背筋を伸ばしたスーツ姿の初老の男性が立っていた。
無表情で名刺を差し出しながら、彼は「所有権移転登記の相談をしたい」とだけ告げた。

古びたアパートの表札に違和感

依頼された物件は築五十年の古いアパート。
所在地を調べるうち、表札に記載されている名義と、登記簿上の所有者の名前に微妙な違いがあることに気づいた。
気になってサトウさんに尋ねると、彼女は「これ、裏がありそうですね」と一言で片づけた。

朝イチの来訪者と無言のサトウさん

普段から口数の少ないサトウさんだが、その日は一段と無言だった。
依頼者と向き合う姿は冷ややかで、目だけが鋭く動いていた。
「あの人、何か隠してますね。たぶん嘘ついてます」と、パソコンに向かいながらつぶやいた。

不穏な依頼 名義変更の裏に潜むもの

依頼内容は「兄が亡くなったので、自分の名義にしたい」というものだった。
だが、戸籍を取り寄せても、その“兄”の記録が出てこない。
登記原因証明情報の中身も、テンプレート的すぎて不自然だった。

登記簿の所有者と依頼者の食い違い

登記簿上の所有者は「松原修一」という人物だったが、来訪者は「松原達也」と名乗った。
本人確認情報の記載にも微妙な改ざんの痕跡が見えた。
「これは、法務局で止まりますよ」とサトウさんがぼそりと言った。

シンドウの違和感と塩対応の観察力

私は、なんとなく居心地の悪さを感じていた。
サトウさんの観察眼は、名探偵コナンの小五郎のおっちゃんよりよっぽど頼りになる。
私はといえば、元野球部とは思えぬほどボールの投げ所が見えず、ただうなずくだけだった。

消えた名義人と白紙の委任状

数日後、名義人である「修一」の住民票が除票扱いになっていたことが判明した。
死亡届の記録がないにもかかわらず、行方不明扱いで消されていたのだ。
しかも、提出された委任状には「修一」の署名がされていたが、明らかに近年の筆跡だった。

「確かに存在した人」の不在

この世に「修一」はいたのか、それとも最初からいなかったのか。
しかし、近隣住民の証言では数年前まで確かに存在していたという。
ただ、「最近見ていない」という口ぶりが一致していたのが気になった。

委任状の筆跡に潜む罠

筆跡鑑定まではしなかったが、クセの強い文字が依頼者の筆跡と酷似していた。
私はそれを指摘すると、「兄は字が下手で…」と苦笑いでかわされた。
やれやれ、、、これは手強いぞ、と思わず心の中でつぶやいてしまった。

調査開始 登記簿と過去の所有者

私は古い謄本を取り寄せ、過去の所有者の変遷を丹念に洗い直すことにした。
すると、十年前に所有権が「松原修一」に移転した際の登記原因が「贈与」だった。
その当時の登記申請書に、見覚えのある名前があったのだ。

サトウさんの的確な調査指示

「司法書士の欄、見てください」とサトウさんが画面を指差す。
そこにあったのは、今回の依頼者である「達也」の名だった。
つまり、自作自演の疑いが出てきたのだ。

元名義人は数年前に死亡していた

さらに裏付けを取るため、当時の近隣住民に話を聞いた。
「修一さん?ああ、亡くなったって聞いたよ」と軽く言われた瞬間、背筋が寒くなった。
死亡届が出ていないのは、出せない事情があったからに違いない。

二重売買か 相続登記か

これは単なる相続放棄でも、名義変更の遅れでもなかった。
むしろ「修一」が死んだ事実を意図的に隠し、物件の流通を図っていた可能性が濃厚になってきた。
売却先がいれば、完全にアウトだった。

家族関係図に潜む矛盾

取り寄せた戸籍には、依頼者と修一が兄弟であることを示す記録がなかった。
にもかかわらず、「兄」と主張する依頼者の話は筋が通っていた。
それは、まるで長年練られた脚本のようだった。

「兄」と名乗る人物の失踪

私はサトウさんとともに旧住所を訪ねた。
すると、近所の老婆が「修一さんはもうとっくに死んだよ。新聞にも載った」と言った。
やはり、死亡の事実が意図的に消されていた。

法務局の沈黙と真夜中の電話

調査を進めていたある晩、事務所の電話が鳴った。
深夜一時、こんな時間にかけてくるのは非常識極まりない。
「…見つけたんですか、あの人のことを…?」震えた声が受話器越しに聞こえた。

閉庁後の電話に残された謎の声

「これ以上はやめてください」と声の主は言った。
電話番号を逆探知しても非通知、追跡不能。
サトウさんは「こういうの、漫画なら犯人ですね」と鼻で笑った。

やれやれと思いながら現地へ

翌日、私は念のため警察にも情報提供し、現地へと向かった。
すると、アパートの裏にある物置から白骨化した遺体が発見された。
その身元は、紛れもなく「松原修一」だった。

偽装の正体と暴かれた嘘

「達也」は、実の弟ではなく修一の高校時代の同級生だった。
生前に「もし死んだら家はお前にやる」と言われたことを根拠に、自ら書類を偽造していたのだ。
サトウさんの推理は的中だった。

登記に使われた架空の委任

本人確認情報、委任状、原因証明情報——そのすべてが巧妙に偽られていた。
ただし、決定的なミスが一つあった。
委任状の日付が、修一の失踪後になっていたのだ。

裏で糸を引いていたのは意外な人物

さらに調査を進めると、不動産業者と達也がつながっていたことが判明した。
安く手に入れた空き家を転売し、利益を得ようとしていたのだ。
だが、法務局も警察も、今回は見逃さなかった。

真実の告白と静かな逮捕劇

逮捕の瞬間、達也は「だって…本当に兄貴は俺にくれるって言ったんだ…」と泣いた。
彼の中では、きっと正当なつもりだったのだろう。
だが、それは司法の目から見れば明確な犯罪だった。

兄のふりをした幼なじみの動機

貧困、孤独、そして欲望。
達也の動機は、漫画に出てくる悪役と紙一重のものだった。
「なんか、金田一の犯人っぽいですね」とサトウさんは言った。

サトウさんの冷静な通報判断

今回も、真相にたどり着いたのはサトウさんの冷静な一言からだった。
「先生、これはもう警察案件です」——その言葉で私は目を覚ました。
やれやれ、、、また手柄を持っていかれたな。

終章 登記簿が語る物語の余白

紙の上の登記簿には、人の生き様が滲んでいる。
正義でも悪でもない、ただの人間の歴史がそこにはあった。
私とサトウさんは、今日も変わらぬ事務所で新たな謄本を開いている。

書類の奥に潜む人間模様

登記簿が嘘をつくことはない。
嘘をつくのは、いつだってその向こうにいる人間たちだ。
それでも、私は今日も紙をめくる。それが、司法書士の仕事なのだから。

シンドウとサトウさんのいつものやりとり

「先生、また落とし物です。これで今日三つ目です」
「やれやれ、、、俺は探偵にはなれないな」
「安心してください。先生は“名誉ある雑用係”ですから」
サザエさんみたいな日常が、また戻ってきた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓