お金の話になると事務所の空気がよどむ瞬間

お金の話になると事務所の空気がよどむ瞬間

お金の話ってなぜこんなに難しいのか

司法書士という仕事をしていて、一番しんどいのが「お金の話」かもしれません。依頼者が抱えている問題を解決するのが仕事なのに、その報酬の話になると、空気が急に変わることがあります。たとえば、温泉旅館のロビーでくつろいでいたら、いきなり帳簿が目の前に差し出されたような、そんな空気。笑顔で話していた相手が、見えない壁を作るあの瞬間が、何度経験しても慣れません。

相談は和やかでも費用の話で一気にピリつく

ある日、相続の相談に来られた60代の女性がいました。亡くなったお父様の名義変更の件で、最初は思い出話を交えながらとても穏やかな空気で進んでいたんです。ところが、「費用についてご説明しますね」と切り出した途端、表情がスッと曇ったのを今でも覚えています。それまでの柔らかい空気が一変し、「やっぱり高いのかしら」と小声でつぶやかれたとき、こちらの胸も少し痛みました。

「あとは費用の件なんですけど」で一瞬止まる空気

「じゃあ、あとは費用の件なんですけど——」と切り出すこの一言が、私にとっては毎回の勝負所です。相手の顔色、声のトーン、姿勢、すべてが変わる瞬間でもあります。「高いと思われないように」「納得してもらえるように」と頭の中で何度も練習してきた説明でも、たった一言の反応でガラガラと崩れてしまうことがあります。あの空気の変化に慣れたつもりでも、内心では毎回ビクビクしています。

経験上いちばん空気が重くなるタイミング

これまで何百人と面談してきましたが、どう考えても「お金の話」に入るタイミングが、どんなときよりも空気が重いです。手続きの複雑さや法的な内容を話しているときでさえ、笑顔や相槌があるのに、費用の話にだけは「表情が凍る」という表現がぴったりです。まるで急に冷房が効きすぎた部屋に入ったみたいに、誰もが少し黙ってしまう。それが現実です。

司法書士報酬の不透明感とその言いづらさ

司法書士の報酬って、正直わかりづらいんですよね。案件ごとに手間も違えば、関わる書類も異なる。だから一律の料金表が出しづらい。でもそれって、依頼する側からすると「いくらになるのか不安」という材料になってしまうわけです。こちらとしても「高いと思われたくない」と思うあまり、言葉を濁してしまったこともあります。これが、結果的に余計に不信感を招くという悪循環に…。

「高い」と思われたくない心理との戦い

特に地方だと、「高いと思われたら次はないな」というプレッシャーがすごいんです。相場より少し高めの料金を提示するだけで、「そんなにかかるの?」と言われる。それが怖くて、自分の仕事に自信を持っているはずなのに、つい「できればもう少し安くできますが…」なんて余計な一言を添えてしまうことも。これは、自分に対する甘さでもあり、覚悟のなさでもあるのかもしれません。

値段交渉に耐えきれず値引きしたこともある

実際、何度か「それなら今回は結構です」と言われたことがあります。断られるのが怖くて、咄嗟に「じゃあ少し値引きします」と言ってしまったことも正直あります。でも、そのあといつも後悔するんです。「自分の仕事に自信を持ってない人だ」と思われたかもしれないなって。値段って、自分の評価でもあるんですよね。それを守れない自分に落ち込む夜もありました。

依頼人の本音とこちらのジレンマ

依頼人も悪気があって値段に敏感なわけじゃないんですよね。むしろ「わからないから不安」なだけ。だけど、こちらからすれば「信頼してくれてるはずなのに」と感じてしまって、勝手に距離を取られたような気持ちになる。これは一種のコミュニケーションのズレなのかもしれません。お互いが悪くないのに、気まずさだけが残る。それがいちばんつらいんです。

「費用って全部でいくらですか?」の直球に焦る

一番ヒヤッとするのが、相談が始まって5分もしないうちに「で、費用は全部でいくらですか?」と聞かれたときです。こちらとしては、手続き内容を整理してからでないと正確な金額が出せないことが多い。でもそう答えると「えっ、即答できないの?」みたいな雰囲気になってしまう。こっちは嘘はつきたくない。でも、相手は今すぐ数字を知りたい。そのズレが苦しいんです。

細かく説明しても「高い」の一言ですべてが崩れる

料金の内訳を丁寧に説明しても、「それにしても高いですね」と言われたら、すべてが否定されたように感じてしまうことがあります。特に、自分では「これはお得な提案だ」と思っていたときほど、その一言がこたえます。説明が通じていないのか、自分の伝え方が悪いのか、または単純に相場感が違うのか——理由を考えても、気まずさだけが残るんですよね。

無料相談のあと連絡が来ない理由を考える夜

一通り相談を終えて「ではご検討ください」と伝えたあと、何日たっても連絡が来ない。そういうこと、何度もあります。仕事が取れなかったこと自体より、「あれだけ話をしたのに、何がダメだったんだろう」と考えてしまうのがつらいんです。たぶん、費用の説明が原因なんでしょうね。言い方を変えればよかったのか、それとも最初から合わなかったのか——正解はわからないままです。

料金設定は「自信のなさ」の裏返しでもある

「自分の価値をどう伝えるか」。これは本当に難しい課題です。私は時々、見積書の数字を前に10分以上悩むことがあります。「この価格で納得してくれるかな」「他より高く見えないかな」と自問自答を繰り返す。でも、結局それは自分の覚悟の問題なんだと思うようになりました。「自分の仕事にいくらの値をつけるか」は、結局「自分自身の評価」をどうするかに直結するのです。

値付けがブレるのは覚悟がブレてる証拠かも

見積もりが毎回ブレるのは、自分の中にある「遠慮」や「不安」の表れです。依頼者に気を使いすぎて安くしすぎたり、逆に手間の多さに苛立って高めに出したり、安定しない。そんなときは大体、心が揺れているときです。「プロとしての基準」をどれだけ明確に持っているか。それが曖昧なままだと、結局どこかで損をするのは自分なんですよね。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。