偽りの筆跡が語る真実

偽りの筆跡が語る真実

偽りの筆跡が語る真実

忙しい朝と一本の電話

朝イチのコーヒーを口にする前に、事務所の電話が鳴った。見慣れない市外局番に嫌な予感がしたが、無視できるわけもない。受話器の向こうからは、年配の女性が緊張した声で語りかけてきた。「亡き兄の相続手続きで、提出した委任状に不備があると、法務局から連絡が来まして……」。

親族の代理人登場

数日後、その女性と名乗る依頼人が、眼鏡をかけたスーツ姿の若い男性を伴って事務所を訪れた。「こちらは甥のユウジです。委任状を書いてくれた人でして……」と女性。だが、その男性の態度はどこか浮ついており、事務処理に慣れているような雰囲気はまるでなかった。

委任状の内容と妙な違和感

彼が提出したという委任状を見せてもらうと、一見きちんと整っている。しかし、どこか筆跡が不自然に感じられた。癖のない丸文字、署名の止めの筆圧、行間の取り方――それらがどうにも“作り物”のようだった。

サトウさんの冷静な観察

「この『義』の字、妙に癖がありますね」と、後ろで黙って見ていたサトウさんが呟いた。そう言われて改めて見てみると、確かに他の字と比べて筆跡が違っていた。さすがだ。まるで怪盗キッドが変装で残したわずかな違和感を指摘するコナンのようだった。

真実を隠す筆跡の罠

「この委任状、本当に彼が書いたものですか?」と問いかけると、甥のユウジは一瞬目を逸らした。「……はい、もちろんです」と答えるが、その声には確信がなかった。なんとも嘘が雑だ。昔のサザエさんのマスオさんが何か隠してる時と同じ顔だ。

謄本に記された小さな矛盾

被相続人の戸籍謄本を確認すると、ある時期だけ居住地が別になっていたことに気がついた。「お兄さん、亡くなる前はこの住所には住んでなかったんですね」と私が指摘すると、依頼人の表情がこわばった。

元野球部の勘が冴えた瞬間

「ちょっと待ってください」と、私はファイルをめくる手を止めた。高校時代、キャッチャーだった頃のクセで、相手のちょっとした目線の動きに過敏に反応してしまう。「これ、実は本人じゃなくて……どこかで書かされたんじゃないですか?」

やれやれ、、、と一人つぶやく

一通りの説明を終えてから、私はコーヒーの残りを口に運びながらため息をついた。「やれやれ、、、サイン一つにも気を抜けない時代か」。サトウさんが無言で私のデスクに訂正印を置いていった。冷たいようで、優しい気遣いだ。

裏書きの名前に潜んだ嘘

委任状の裏面に、証人として別の名前が記されていた。だが、その人物は既に他界していることが役所の記録で判明した。つまり、この委任状そのものが“書けるはずのない人”の名前を借りて書かれた、偽造品だった。

偽造の理由は家族の秘密

ユウジが重い口を開いた。「叔母さんが、どうしても兄の土地を売りたくて……。でも、本当は兄さんの認知していた子どもがいたんです。相続権がその子にもあると知られると、揉めるから……」。複雑な家族事情が、偽造の裏にあった。

サトウさんのひと言が決め手に

「その子どもさん、今どこに?」とサトウさんが訊くと、依頼人の顔が蒼ざめた。「知らないはずのことを、なんで……」と口走った。それが決め手だった。彼女は本当の相続人の存在を知っていた。知らなければ、こんな反応はできない。

本人確認と遺言書のすれ違い

さらに掘り下げてみると、公正証書遺言が過去に作られていたが、未提出のままだったことが判明。真の相続人は実の子だった。委任状の偽造は、それを隠すためのものだった。

誰が何のために名前を使ったか

全てを明かしたあと、依頼人は静かに「ごめんなさい」とつぶやいた。相続争いを避けるためだったというが、そのために他人の名前を使い、筆跡まで真似たのだ。罪の重さに気づいたときには、もう遅かった。

犯人の告白とその動機

「私は兄の財産を守りたかっただけなんです」と、涙を浮かべながら語った依頼人。だが、法律は感情では動かない。私は淡々と説明した。「そのお気持ちはわかりますが、これは刑事事件になります。偽造は明確な犯罪です」。

真実がもたらす静かな終幕

事件は、正しい相続人に財産が引き継がれることで決着した。委任状という一枚の紙が、ここまでの騒動を引き起こすとは思わなかった。やれやれ、、、この世界に“紙一重の真実”は多すぎる。今日もまた、机の上の書類が重たく感じられた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓