登録免許税が消えた日

登録免許税が消えた日

登録免許税が消えた日

暑さと帳簿と未納通知

その日、事務所は朝から蒸し風呂のようだった。古びた扇風機が弱々しく首を振る中、俺は積み上がった登記関係書類の山を前に、カフェインの足りない目で未納通知を眺めていた。

「登録免許税 未納」——印刷されたその赤い文字が、まるで血のようににじんで見える。いや、実際は俺の老眼のせいかもしれないけど。

払ったはずなんだよ、たしかに……。

封筒の中の違和感

手元の控えと申請書類を再確認するが、いくら見ても登録免許税の領収証が見当たらない。貼った記憶はある。たぶん、ある……はず……?

「あの、封筒の裏をもう一度見た方がいいんじゃないですか?」背後から、サトウさんの冷静な声が飛んできた。

言われるままに封筒をひっくり返すと、妙なノリ跡がべったりと。まるで誰かが何かを剥がしたような跡だ。

登記申請書の謎の空欄

登記申請書の第七欄、「登録免許税額」の記載がぽっかり抜けている。俺がそんなミスを?いや、あり得なくはないけど、でも……。

それでも、提出前には必ずサトウさんがチェックしてるはずだ。彼女が見逃すなんて、信じられない。

「その欄、当日わたしが入力してましたよ。ちゃんと入力して、プリントしたのも確認したんです」サトウさんは静かに言った。

やれやれ、、、税務署との連携不足か

以前にも似たようなことがあった。税務署と法務局の連携不備で、ちゃんと支払われた免許税が反映されなかったのだ。

「これは、またあの手のトラブルじゃ……?」俺がつぶやくと、サトウさんが苦い顔をした。

「でも今回は領収証そのものが見当たりません。つまり支払ってない可能性が高いです」

あのクライアントの一言

頭を抱えていたところに、件の依頼人から電話が入った。「先生、あの登記のやつ、私が印紙貼った封筒、持って帰っちゃってたかも!」

「……は?」

「いや、間違えて私の控えと一緒に……ほら、先生って、あんまり整理得意じゃない感じだったから、私がまとめておこうと思って」

サトウさんの冷静な着眼点

「つまり、その中に領収証も一緒に?」

「はい、たぶん。さっき封筒開けたら、変な赤い紙、貼ってあるの見つけて……」

俺が何も言えずに電話を切ると、サトウさんが書類をトントンと整えながらぼそっと呟いた。「やっぱり、依頼人に任せるのやめません?」

支払ったはずの領収証がない

数時間後、依頼人が封筒を持って事務所に戻ってきた。中には……あった。きちんと貼られた登録免許税の領収証付き申請書。

「これですこれ。いや〜、貼ってたんですね〜、よかったよかった」依頼人は気楽に笑うが、俺の胃はもう限界寸前だった。

「……頼むから、持ち帰るときはひとこと言ってくださいよ」

古い印紙の謎

領収証をよく見ると、印紙が旧デザインだった。「これ……平成のやつじゃないか?」

「はい、父の机から出てきたのを使ったって言ってました」

え、ちょっと待て。それ、有効期限とか大丈夫なのか?俺は慌てて国税庁のサイトを確認しはじめた。

封筒に残されたノリ跡

「ちなみに先生、さっきの封筒、ノリの跡が逆側にあるの、気づいてました?」サトウさんが封筒を指差す。

たしかに……開け口の反対にもノリの痕跡。まるで何かを隠そうとして、もう一度封をしたような。

「まさか、最初に誰かが書類を抜いた……?」いや、それは考えすぎだろう。でも疑念だけが残る。

ミスか偽装かそれとも

仮に、誰かがわざと印紙を隠したとしたら……目的は何だ?税の還付?いや、金額は微々たるもの。

それとも依頼人が「二重申請」でも試みようとした?実体のない印紙が登記を通してくれると思ったのか?

俺の頭の中で、まるで金田一少年のようにフラッシュバックが走る。「犯人は……!」——そこまで考えて、我に返った。

そして出てきたもう一通の申請書

封筒の奥から、さらにもう一枚の申請書が出てきた。それは依頼人が自分で準備した別件の登記用だった。

しかも、すでに同じ物件で登記が完了している……つまり、ダブル登記の試み?

「あの……もしかして、別々に通れば、税金かかる方を無効にしようとか……考えてません?」サトウさんが低い声で尋ねる。

犯人は司法書士だった?

いや、犯人って、俺か?封筒の中に複数書類を詰めたのも確認せず提出したのも、すべて俺の責任。

「やれやれ、、、」とつぶやきながら、俺はソファに倒れ込んだ。ルパン三世なら笑って終わるんだろうな……俺は請求書の計算が待ってる。

冷房はまだ壊れたままだ。

意外な真相とサトウさんの嘆き

「全部、ただの整理ミスですよね?」サトウさんがじとっと俺を見た。

「……うん、まぁ、そうだね」俺は歯切れ悪く答える。

「ほんと、うち、サザエさん一家の書類係か何かですか」

再提出と再発防止と反省会

修正した登記書類を再提出し、ようやく受付番号が発行された。

反省会という名のコーヒー休憩で、俺はこっそり「業務チェックリスト」を印刷していた。もちろんサトウさんに渡す用ではない、自分用だ。

「こう見えて、改善しようとは思ってるんだよ」俺がつぶやくと、サトウさんは「えらいえらい」と無感情に返してきた。

やっぱり最後は俺のせい

依頼人も笑って帰り、登記も無事進行している。だが俺の中では、まだモヤモヤが晴れない。

「やっぱり、俺が全部きちんと確認してればよかっただけなんだよな……」

肩を落としていると、「その自覚があるだけマシです」とサトウさん。……刺さる。

それでも今日も登記は続く

こうして一件落着(?)した未納事件。明日も新しい登記依頼が来るだろう。間違いなく、また忙しい一日になる。

でも今日だけは、少しだけ早く帰ろう。帰って『ルパン三世 カリオストロの城』でも観ようかな。

やれやれ、、、俺にはクラリスも登記完了通知も、遠い夢だ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓