夜ごはん食べたって聞かれるだけでちょっと救われた夜がある

夜ごはん食べたって聞かれるだけでちょっと救われた夜がある

忙しさに追われて気づけば夜が更けていた

司法書士という仕事は、とにかく時間に追われる。特に月末や年度末は、依頼が集中し、朝から晩まで書類作成と電話応対に追われる日々だ。気づけば時計の針は22時を回っていて、事務員はとっくに帰宅。事務所には自分ひとり。腹は鳴るけれど、食べる気力もどこかに置いてきてしまったような夜が、珍しくない。

依頼が集中する月末の風景

月末というのは、登記の申請期限を意識する依頼人が急増する。何度も電話が鳴り、メールは溜まり、郵送された資料の山が机の上に積まれていく。そのすべてに目を通し、スケジュールを調整し、ミスが許されない書類を一枚一枚仕上げる。そんな日が何日も続くと、昼ごはんを食べたかどうかも思い出せない。

今日中に処理しないといけないというプレッシャー

「明日じゃダメなんです、今日中にお願いします」と何度も言われる。こっちはこっちで、他にも「今日中の依頼」を抱えているが、それをクライアントに言ってもしょうがない。結局すべてを受け止め、ひたすら手を動かすしかない。そして気づけば、晩ごはんのことなど頭からすっ飛んでいる。

飯を食うタイミングを完全に逃す日常

食べようと思えばコンビニくらいは行ける。でも、「この書類だけは今終わらせておきたい」という気持ちが勝ってしまうと、あっという間に深夜。空腹を通り越して、胃がキリキリ痛み出すころには、もはや何も口にする気が起きなくなっている。

事務所にただ一人取り残される音のない時間

仕事を終えて事務所にぽつんと残された夜は、妙に静かだ。冷房の音も、パソコンのファンも、やけに耳につく。ふと窓の外を見ると、商店街の灯りも消え、誰も歩いていない。そんな景色を見ていると、自分がこの町のどこにも属していないような感覚に襲われる。

時計の秒針とPCファンの音だけが響く

集中している間は気にならなかった音が、ふと手を止めた瞬間に妙に大きく聞こえる。チッチッチッ…と秒針が進み、ファンがウイーンと回る。そんな中でぼんやりと椅子にもたれていると、「何やってるんだろうなぁ、俺」なんて言葉が、無意識に口から漏れる。

カップ麺すら手に取る気になれない疲労感

事務所の棚には非常用のカップ麺がいくつか置いてある。でも、湯を沸かす気力すら湧いてこない。もはや「お湯を注ぐ」という行動すら面倒なのだ。疲れすぎて、食べることが二の次になっているとき、自分が人間としてどうなのかとさえ思えてくる。

誰かからの通知音に一瞬だけ救われる

そんな虚無のような夜に、不意にスマホが鳴る。LINEの通知音。何気なく画面を見ると、そこにはたった一言。「夜ごはん食べた?」。それだけで、思わず涙が出そうになる瞬間がある。誰かが自分を気にかけてくれている。その事実だけで、救われる夜もあるのだ。

ぽつんと届いたLINEの一文

それは特別な人からのLINEじゃなかった。ただの知人。以前、仕事で一度関わった程度の相手だった。久しぶりの通知に、なぜ今?と不思議に思いながらも、なぜかその一文に心がほどけてしまった。今の自分にとっては、どんな励ましの言葉よりも、その何気ない問いかけが一番沁みた。

親でも友達でもない ただの知り合いからの言葉

家族や親しい友人なら、「ちゃんと食べてる?」くらいは言ってくれるかもしれない。でも、気を遣いすぎる言葉より、軽く、何の見返りも期待しないような「夜ごはん食べた?」のほうが、かえって心に届くことがある。日常のなかの、ふっとした気遣いに、弱っているときほど救われる。

誰かが気にしてくれているという温度

その言葉が何かを変えるわけじゃない。でも、ただそこに「誰かの心」があったことが嬉しかった。自分が透明人間じゃないと確認できた気がした。返事は「まだ食べてない」とだけ送った。それに対する返信はなかったけれど、それで充分だった。

たった一言が持つ想像以上の力

言葉は力を持っていると言うけれど、それを改めて感じたのがこの日だった。「頑張って」とか「大丈夫?」よりも、「ごはん食べた?」が、今の自分にとって一番欲しかった言葉だった。そこには評価も期待もない、ただの確認。それが何よりありがたかった。

返事を打つ指が少し震えていた夜

LINEの入力画面を開いて、しばらくフリーズした。何を書けばいいのか分からなかった。でも、指が勝手に「まだ食べてない」と打っていた。それを送信した後、なぜか深呼吸していたのを覚えている。小さなことで、心ってこんなにも動くんだなと驚いた。

それ以上の言葉はなかったけれど十分だった

その後、既読がついたきり、返信はなかった。でも不思議と寂しくはなかった。その一言で充分だったのだ。「夜ごはん食べた?」のメッセージを見返して、スマホを置いた。そうして、自分でもびっくりするくらい静かに、事務所を後にして、牛丼屋に向かったのだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓