誰でもない僕が司法書士をやっている理由
特別な人間じゃない。それが自分に一番しっくりくる言葉です。司法書士という職業についているけれど、別にすごい経歴があるわけでもなければ、人脈があるわけでもない。むしろ、目立たないことに安心してしまうくらい。そんな僕がなぜ司法書士になったのかと聞かれたら、「ほかに選択肢がなかった」と答えるのが正直なところです。大きな夢や志があったわけじゃない。ただ、気づいたらこの仕事しか残っていなかった。それでも、続けている理由はあるのです。
特別じゃなくても始められる仕事だった
学生時代、特別頭が良かったわけでもなく、就職氷河期で希望の会社にも入れず、なんとなく資格を目指しました。最初は宅建、それから行政書士、最終的に司法書士に落ち着いた。どれも中途半端な挑戦でしたが、司法書士だけは、なぜか試験勉強が続いた。もしかすると、人生で初めて「ここで踏ん張らないと後がない」と思えたからかもしれません。それでも合格したとき、自分が選ばれた特別な存在だなんて思えなかった。今でもそれは変わりません。
試験には受かったけど何も変わらなかった
合格通知を手にした瞬間、もっと感動すると思っていました。でも、現実は静かなものでした。机の上に置かれた書類、狭い部屋、何も変わらない日常。ただ、自分の名前の前に「司法書士」とつけていいという事実だけがそこにありました。その肩書きが、すべてを変えてくれると思っていたあの頃の自分を、今は少し笑いたくなります。仕事を始めてからが本当の勝負。誰も教えてくれない現実が、そこから始まりました。
合格しても人生がバラ色になるわけじゃない
司法書士になれば、収入も安定して、周囲からも尊敬されて、人生が上向くと信じていました。でも、そう簡単じゃなかった。開業しても最初の数ヶ月は依頼がゼロ。名刺を配っても反応なし。電話が鳴らない日々に、不安と孤独が積もっていきました。資格は手に入れたけど、仕事は自分でつかまなければ始まらない。現実の厳しさを、身をもって知ることになりました。
独立してからの現実は静かで地味だった
開業初日は、それなりに感動がありました。看板を掲げ、机を置いて、パソコンを設置する。まるで映画のワンシーンのような気持ちで始めました。でも、現実は映画のようにドラマチックではありません。ひたすら待つ日々。書類を整理し、過去問を読み返し、来ない電話に耳をすませる。誰もいない事務所の中で、音がない時間だけが流れていきます。そんな日常に、じわじわと慣れていくのです。
地方で事務所を構えるということ
都市部のような流動性もなく、ネットの集客もそこまで響かない。地方での開業は、地元との信頼をコツコツ積み上げるしかありません。派手な広告よりも、地元の人との地味なやりとりが結果につながる。それは時に歯がゆく、でも確実な歩みでもあります。自分を知ってもらうまでに、年単位の時間がかかる。そんな前提が、地方開業のリアルです。
お客さんが来ない日も、ざらにある
今日は誰とも話していない。そんな日が週に何度かあります。何か間違ったのか、自分の存在が地域に必要とされていないのか、考え込んでしまうこともあります。特に雨の日や盆正月は電話すら鳴らない。そんな日は机に向かって、事務員さんと静かにお茶を飲む。なんとも言えない孤独感。でも、それが積み重なっていく中で、少しずつ地域の顔ぶれが見えてきたりするのです。
事務員さんひとりとの静かな毎日
うちには事務員が一人だけ。静かで几帳面な女性で、雑談はあまりしません。でも、こちらが忙しそうにしていると、黙ってコピーを取ってくれたり、書類のミスにそっと気づいてくれたりする。そんなやりとりが、思いのほか心を支えてくれることもあるのです。彼女が休みの日は、事務所がやけに広く感じる。人は、言葉ではない部分でも支え合っていると実感します。
「忙しい」は言い訳か、それとも本音か
「最近どう?」と聞かれて、「まあ忙しいよ」と答えるのが癖になっていました。でも、よく考えると本当に忙しいのか、自分をごまかしてるのか分からなくなることがあります。電話の数、書類の数、移動の時間。それらが「忙しさ」を生んでいるのか、それとも「何かしてないと落ち着かない自分」がそう感じさせているのか。たまにふと、立ち止まって考えたくなる瞬間があります。
話し相手が欲しくて法務局に行ってる気がする
法務局に行く理由なんて、オンラインで済ませようと思えば済ませられる。でも、わざわざ足を運ぶのは、誰かと話したいからかもしれません。顔なじみの職員さんと少し立ち話をしたり、偶然同業者に会ったり。そういう小さな交流が、思った以上に心を軽くしてくれるのです。司法書士って、案外孤独な仕事です。だからこそ、ちょっとした人との接点が、沁みるのかもしれません。
ふつうの司法書士にも悩みがある
特別な才能もなく、派手な営業力もない。地味にこつこつやっている司法書士にも、やっぱり悩みはあります。依頼がないときは将来が不安になるし、トラブルに巻き込まれれば眠れない夜もある。「ふつう」であることは、ある意味で不安定な土台でもあります。だからこそ、僕は日々のひとつひとつを丁寧にやるしかないと自分に言い聞かせています。
ネットのキラキラ司法書士にはなれない
SNSでは毎日のように登記案件や講演活動を報告する司法書士たちがいます。すごいなあと思うけど、自分にはああいうスタイルは無理です。目立つのが苦手だし、何よりも「目の前の仕事で精一杯」というのが本音。地味で、不器用で、ちょっと不安げな僕みたいな司法書士だって、生きていける場所がある。それを信じて、今日も机に向かっています。