朝の予定はいつも通りだった
その日の朝も、特に変わり映えのない水曜日だった。少し肌寒くて、事務所の古いストーブをつけるか迷ったくらいで、それ以外は何もない穏やかな一日になる予定だった。提出書類の束をカバンに詰めて、あとは法務局での用事を午前中で済ませるだけ。午後はゆっくりと書類整理の予定だったが、今思えば、その「予定」がすでにフラグだったのかもしれない。
水曜日は比較的ゆるいはずだった
週の真ん中、水曜日。火曜や金曜に比べると急ぎの案件は少なく、事務員さんも「今日はちょっとラクかもしれませんね」なんて言っていた。それに乗っかるように、僕自身もちょっとだけ気を抜いていた気がする。実際、移動中にお気に入りのラジオ番組を聴きながら「今日も淡々と終わればそれでいい」と思っていた。だが、その“淡々”とは一体何だったのか。
それなのにこの日に限っておかしい
法務局に着いた瞬間から、妙な違和感があった。いつもなら顔見知りの職員がいるはずの受付に、見慣れない新人風の人が立っている。その人が僕の顔を見るなり、少し眉をひそめていたのが今でも気になる。しかも受付番号の札がなぜか一枚足りない。あれ?と思いながらも「まあ、そんな日もあるか」と気にせず進んだのが間違いだった。
「何か起こる日」ってなぜか勘づく
人間って不思議なもので、何かが“ズレてる”ときって肌で感じるものだ。その日も、明らかに空気がいつもと違っていた。ざわざわした感じ。職員同士がひそひそ話していたり、なぜか待合スペースが落ち着かない雰囲気だったり。昔、野球部の試合前に「今日は絶対荒れる」って直感でわかったあの感じに近い。静かなのに、嫌な予感だけがじわじわ広がっていた。
法務局での受付で違和感が走る
書類を渡した瞬間、受付の方が顔を曇らせた。「こちらの書類、ちょっと確認してもよろしいですか?」。何度も提出している内容のはずなのに、まるで初見のように戸惑う様子。さらに、横から別の職員が現れて、僕の名前を何度も確認し始めた。この時点で、ただの“ちょっとした確認”では済まないことが分かっていた。
提出書類をじっと見つめる職員
その職員は、僕の提出した登記書類を何度もめくっては戻し、まためくる、という動作を繰り返していた。まるで間違い探しでもしているかのような真剣さだった。こちらとしては何もやましいことはないし、むしろ「何か変なところがあるなら早く言ってくれ」と言いたかった。時間だけがじりじりと過ぎ、待たされる不安と苛立ちが徐々に膨らんでいく。
こっちが間違ってるのか?と思わされる
自信を持って出した書類でも、こうも真顔で見つめられると、「何かとんでもない見落としをしたんじゃないか?」と不安になってくる。法務局という場所は、そういうプレッシャーのかかる空間だ。以前、軽微な添付漏れで再提出になった経験もあったため、余計に過敏になっていた。でも今回の“違和感”は、そういうミスの話ではなかった。
なぜか順番を飛ばされる不思議な扱い
さらにおかしなことに、僕より後に受付を済ませた人たちが次々と呼ばれていく。僕だけが、ずっと名前を呼ばれないまま放置されていた。こうなると、ただの確認ではなく、“処理できない何か”があるのではないかと勘ぐってしまう。ひとりぼっちで座る待合席で、時計を何度見ても、時間は一向に進まないように感じた。
まさかの他人のトラブルに巻き込まれる
ついに職員が戻ってきて、こう切り出した。「あの…こちら、同姓同名の方の登記と混在している可能性がありまして…」。一瞬、頭の中が真っ白になった。そんなことが現実にあるのか?まるでドラマの中の設定じゃないかと思った。でも、今まさに自分がその“被害者”になっていることに気づくのには、そう時間はかからなかった。
別人の登記トラブルになぜか巻き込まれる
聞けば、まったく無関係の人の不動産登記に、僕の事務所名と職印が“なぜか”混ざっているらしい。そんなバカな話があるか、と叫びたい気持ちをぐっとこらえながら、なぜそうなったのかを一緒に調べる羽目になった。もちろんこちらは関与していないし、書類にも見覚えがない。だが「可能性がある」と言われた時点で、状況は面倒くさい方向に進み始めていた。
「あなたが関係者ですよね?」という不条理
「念のため、事情聴取のような確認をさせてください」。そう言われたときには、すでに心の中で何度も「違うって言ってるのに」と叫んでいた。こういうとき、相手はあくまで「冷静な確認」を装ってくるが、こちらは疑われているような感覚から抜け出せない。特に、立場上“専門家”として扱われる自分が、誤解されるのは余計にキツイ。
なぜこうなる水曜日
誰かのミスなのか、偶然の重なりなのか。はたまた、まさかの嫌がらせか。色々な可能性が浮かんでは消えていった。でも共通しているのは、「僕は悪くないのに疲弊してる」ということだけ。水曜日という日が、なぜこうもトラブルと相性が良いのか、不思議でならない。
それでもまた明日は来る
結局その日、事務所に戻れたのは夕方を過ぎていた。事務員さんには「何かトラブルですか?」と心配されたが、正直、何と答えていいか分からなかった。誰のせいでもないけれど、確実に僕の時間とエネルギーは奪われていた。そして、明日も同じように仕事はある。登記も、依頼も、待ってくれるわけじゃない。ただ、また一歩前に進むだけなのだ。