パソコンが壊れた日と俺のメンタルの関係

パソコンが壊れた日と俺のメンタルの関係

電源ボタンを押しても動かない朝

いつものように朝一番、パソコンの電源ボタンを押す。コーヒーを飲みながら起動音を待つのが、開業してからずっと続けてきたルーティンだった。でもその日は、静かだった。ファンも回らず、画面は真っ黒。二度、三度と押し直しても、沈黙のまま。まだ眠っているのか?と一瞬思ったが、眠っていたのはむしろ、こっちの警戒心だったのかもしれない。

まず疑ったのはコンセントだった

慌てて机の下にもぐりこんで、電源タップを確認する。司法書士が朝っぱらから這いつくばっている姿は、なかなか見ものだ。コンセントを抜き差ししながら「きっと緩んでただけだろ」と自分に言い聞かせた。でも再度ボタンを押しても反応なし。その瞬間、頭の中で何かがフリーズした。冷や汗が出てくる。登記期限が迫っているのに、このタイミングで?と。

次に疑ったのは自分の運の悪さ

「俺って、そういう星のもとに生まれてきたんだよな…」とつぶやいていた。昔から、何か大事な日に限ってトラブルが起きる。中学の野球部時代、地区大会の当日にユニフォームを忘れたことがある。今回はそれに匹敵する事件だ。パソコンが使えないということは、仕事が全部止まるということ。運の悪さが、まるで呪いのようにまとわりついてくる。

機械より先に心が折れる音がした

何度も電源を押しているうちに、ボタンの感触さえ頼りなく感じるようになった。そして、心の奥で「もうダメかもしれない」とつぶやいた瞬間、自分のメンタルがふっと崩れる音がした。仕事は山積みで、電話は鳴る。事務員は今日は休み。誰にも頼れない状況で、壊れたのはパソコンじゃなくて、自分の心の方だった。

バックアップを取っていないという罪

正直に言うと、最近バックアップをサボっていた。大丈夫だろう、という油断があった。クラウドに移行しようと思いながら先延ばしにしていたツケが、いま一気に回ってきたのだ。司法書士のくせに危機管理がなってないと、自分で自分を責め続けた。パソコンが壊れたというより、信頼を裏切った相棒に見放されたような気がした。

予定が全部飛んでいったあの日の記憶

その日は、本当に地獄だった。予約していたお客様との面談は申請書類の確認もできず、電話口では「まだ終わってないんですか?」と催促される。カレンダーに詰め込まれた予定が、まるで吹き飛ばされたように白紙になっていく感覚。カレンダーはデジタルでも、現実は容赦なく進んでいく。

登記ソフトが開かない恐怖

事務所の業務は、登記ソフトがなければ成立しない。すべての案件の進捗、期限、書類がそこにある。代替機があったとしても、ライセンス認証の手続き、データの移行、環境設定など、すぐに復旧できるわけがない。業務が止まる=信頼が揺らぐ。その恐怖が、首を絞めてくるようだった。

事務員がいない時に限って壊れる法則

こういう時に限って、事務員は休み。普段はおとなしくしているプリンターもなぜか紙詰まりを起こす。電話も普段より多い気がする。機械も空気を読むのか?とすら思えてくる。孤独な戦場で、一人バタバタと戦っているような気分。誰かがそばにいてくれるだけでも、少しは違ったかもしれない。

誰にも八つ当たりできない孤独

「こんな日に限って…」と叫びたくなった。でも怒りの矛先がない。事務員は休みだし、パソコンは無言だし、自分にしかぶつけようがない。八つ当たりする相手がいないというのは、案外きつい。独身だとこういう時、全責任を一人で背負わされる。誰かと愚痴をこぼす余裕さえない。

お客様の「まだですか」に刺される

電話の向こうから、無邪気に「まだですか?」と聞かれる。こちらに悪気がないことはわかっている。でも、その一言が突き刺さる。自分の無力さ、準備不足、そして現実の厳しさを突きつけられるようで、思わず「すみません」と何度も頭を下げた。声のトーンで焦りが伝わらないように、必死に平静を装った。

なんとかなると思ってた自分が甘かった

パソコンなんて、最悪買い替えればいいと思っていた。でも実際は、そんな単純な話じゃなかった。環境構築には時間がかかるし、設定ミス一つで致命的なロスになる。なんとかなるだろう、と楽観していた自分に腹が立った。経験豊富な司法書士なら、もっと準備しておくべきだったのに。

自力復旧の試みはただの悪あがきだった

分解キットを引っ張り出して、裏蓋を開けてみたり、CMOSリセットを試したり、いろいろやってみた。でも何も変わらない。無力感だけが広がっていく。司法書士の仕事ではプロでも、PC修理に関しては素人だ。YouTubeを見ながら悪あがきする姿が、どこか滑稽で情けなかった。

サポートセンターという終わりなき迷路

メーカーのサポートに電話をかけた。なかなかつながらない。たどり着いても、たらい回し。オペレーターの言う「もう少しお待ちください」に、心の中で何度も「こっちが待てないんだよ」と突っ込んだ。結局、修理に出すしかないという結論になった時、すでに心もぐったりしていた。

「初期化しかありません」に絶句

最終的に伝えられたのは、「初期化しかありません」という非情な判断だった。事務所用のPCが、すべてリセットされる。まるで記憶喪失になったような感覚だった。ここまで積み上げてきたものが、何も残らない。司法書士の「積み重ね」はデータそのものだと、改めて実感した。

機械の不調と心の不調は似ている

パソコンが壊れたという出来事は、ただのトラブルではなかった。自分の心がどれだけ無理をしていたかに気づくきっかけでもあった。実は、パソコンよりも先に、自分が壊れかけていたのかもしれない。静かに沈んでいくメンタルに、誰も気づいてくれないのも、似ていると思った。

立ち上がれないのはパソコンだけじゃない

どうしてもやる気が起きない朝がある。パソコンが電源を拒むように、自分も布団から出たくない日がある。それでも動かさなきゃいけないのが、この仕事だ。司法書士という看板を背負っている以上、止まることは許されない。でも、止まりたくなる。誰か、再起動してくれないかな…と。

電源を落とす勇気と休む決断

この出来事をきっかけに、自分自身にも「一度、電源を落とす」時間が必要だと感じた。完全に止まるのは怖い。でも、ずっと動き続けていたら、本当に壊れてしまう。機械も人間も同じだ。週に一度、携帯もパソコンもオフにして、何もしない時間を作るようにした。それが、俺なりの自己メンテナンスだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。