忙しくても崩したくない仕事への姿勢
日々の生活に追われ、プライベートは崩壊寸前。それでも、仕事だけは丁寧にこなしていたい。そんな思いが、僕の中にはずっとある。正直、誰かに褒められるわけでもないし、報われるとも限らない。それでも「ちゃんとやった」と思えることが、精神的な支えになる。事務所に一歩足を踏み入れた瞬間、よれよれのTシャツからスーツに着替えたような気持ちで、気を張り直すのだ。
生活が荒れても机の上だけは整っている
自宅の部屋は正直、散らかっている。洗濯物は山になり、冷蔵庫の中は半分腐りかけの食材が眠っている。でも、事務所の机の上はいつも整理されている。書類は種類ごとにクリアファイルにまとめ、ボールペンはインク残量の多い順に並べてある。お客さんが来るときのため、机上に無駄なものは置かない。これは見栄ではなく、自分の中の「乱れ」を外に出さないための儀式だ。
朝のコーヒーと書類整理が唯一のルーティン
毎朝、事務所に着くとまず缶コーヒーを一本開けて、前日に散らかった書類を整える。前の晩に手を抜いて散らかったものを見ると、少しだけ落ち込む。でも、書類を種類別に並べ直し、判子を押す位置に付箋を貼る作業を始めると、少しずつ気持ちが整ってくる。野球部時代、試合前にグローブを磨いていたような気持ちになるのだ。
仕事が雑になると自分まで崩れそうになる
ある日、疲れがピークで手続きを一部省略してしまったことがあった。すぐにミスが発覚し、依頼者に謝罪することになった。ミスの程度としては小さいものだったけれど、自分の中ではそれが一番堪えた。そこからしばらく、妙に自己肯定感が下がった。「ちゃんとできてない」と自分に言い聞かせてしまうのだ。だからこそ、どんなに忙しくても“丁寧さ”だけは手放してはいけないと思った。
誰にも褒められなくても丁寧にやる理由
基本的に、司法書士の仕事って「ちゃんとしてて当たり前」みたいな扱いを受ける。たとえば登記手続き。正確に出すのは当然で、間違えれば怒られる。でも、正確にやっても「すごい」と言われることはまずない。だけど、自分だけは知っている。「今日もちゃんとやった」と胸を張れること。それだけで、今日の飯が少しだけ旨く感じる。
たとえ気づかれなくても自分は知っている
何度も何度も確認して提出した書類。誰にも見られず、ただ法務局に受理されて終わる。それでもいいのだ。自分が納得できていれば。他人の評価よりも、自分の中の「ちゃんとやった」という実感の方が、長く自分を支えてくれる気がする。誰かに見てほしいという思いはあるが、それよりも“見られてないときこそ丁寧に”という気持ちが勝っている。
丁寧さが最後の自尊心になっている
独身で、彼女もいなくて、友人付き合いも疎遠になって。それでも自分には仕事がある。仕事だけは、誇りを持ってやっていると言いたい。誰もいない事務所で黙々と印鑑を押している時間に、自分の存在を確かめるような気持ちになる。丁寧な仕事をしている時だけ、「まだ俺はちゃんとしてる」と思えるのだ。
元野球部だった頃と今の自分の距離
学生時代は野球漬けだった。声を張り上げて仲間とグラウンドを走っていた。でも今は、静かな部屋で一人パソコンとにらめっこをしている。あの頃の自分と今の自分はまるで別人のようだ。でも、どこか共通する部分もある。「手を抜かない」ということ。プレーで手を抜かなかったように、今は書類でそれを守っている。
声を張り上げていたあの頃と黙々と書類を書く今
野球部時代は、声を出せば褒められたし、走れば評価された。今は声を出す必要もなく、むしろ黙っていることが仕事だ。でも、やっていることの本質は変わらない。毎日の練習でバント練習を繰り返したように、今は毎日同じような書類を何度も確認し、記載ミスがないか目を皿のようにして探している。単調でも、それを丁寧にやりきることが重要なのだ。
スポーツマンシップの形が変わっただけ
昔はプレー中に泥だらけになることが誇りだった。今は手をインクで汚しながらも、書類を整えることに誇りを感じている。勝ち負けの世界から離れても、誰かのために尽くすこと、そしてそれを真摯に行うことが、自分の根底にある価値観として残っているのかもしれない。形式が違うだけで、精神は続いている。
チームプレイから一人の戦いへ
野球はチームプレイ。でも司法書士の仕事は、孤独な戦いだ。誰もカバーしてくれないし、ミスはすべて自分の責任。でもその分、達成感もすべて自分のものになる。野球部時代は誰かのために走ったけど、今は依頼者の人生を背負う責任の中で走っている。それが、今の自分の役割だと信じている。
プライベートは散らかっていても
正直、家に帰ると冷蔵庫は空、洗濯物は山。布団も干せてない日が多い。でも事務所では、いつも机の上を整え、書類はきっちり揃えている。生活が荒れているからこそ、仕事の場だけでもきちんとしていたい。そこだけは、崩れてはいけないと思っている。
仕事の書類だけは真っすぐに揃える
封筒の角をきちんと揃える、付箋はまっすぐ貼る。そんな小さなことでも、丁寧にやると少し気が晴れる。ある日、依頼者に「丁寧ですね」と言われたとき、ちょっと泣きそうになった。たった一言だったけど、自分の中で「これでいいんだ」と思えた瞬間だった。
家はゴミだらけでも謄本だけはピカピカ
家には賞味期限の切れた調味料が並んでいる。でも、謄本を出すときはピカピカに拭いてから提出する。家では誰にも見られないけど、仕事では誰かが見ている。だからこそ、せめて書類だけは誰に見られても恥ずかしくないように、という気持ちでやっている。
整理された仕事が唯一の誇り
僕の人生は誇れることが少ないかもしれない。でも、整理されたファイル、きっちり押された印鑑、封緘された書類の整列。これだけは自分の中で「ちゃんとしてる」と言える。たとえ誰にも評価されなくても、これが自分の誇りであり、生きている証だ。