隣の部屋に落ちていた番号

隣の部屋に落ちていた番号

隣の部屋に落ちていた番号

朝のコーヒーと届かなかった書類

その朝、僕はいつも通り缶コーヒーを片手に書類の山に囲まれていた。だが、ある登記識別情報通知書が予定よりも届いていないことに気づき、胸騒ぎが走る。郵便事故か、それとも――。

彼は鍵をかけなかった

隣室に住む初老の男、タキザワ氏は「田舎じゃ鍵なんかいらん」と豪語していた。確かに平和そうなアパートだったが、その無用心さが事の発端だったのだ。書類に無頓着な彼の部屋には、無造作に重要なものが置かれていた。

サトウさんの違和感センサー

その午後、サトウさんが唐突に呟いた。「なんか変ですね、最近の郵便の動き」。あの女の勘は僕の千倍鋭い。僕がボヤきつつゴミ箱の中身と格闘していたころ、彼女はすでに真相の輪郭に触れていたのかもしれない。

空き家の登記情報に不審な動き

不動産業者からの依頼で閲覧した登記簿のひとつに、妙な動きがあった。権利移転の申請がなされたばかりのはずが、すでに別の人物が識別情報を使って所有権の登記を申請していたのだ。

不動産屋の証言は何を隠しているのか

僕は町の小さな不動産屋を訪ねた。「タキザワさん? うちは鍵もらっただけで中は知らんですよ」と男は言うが、その目は泳いでいた。書類上の流れには明らかに不自然な空白がある。

盗まれたのは紙ではなく記号だった

問題の登記識別情報は、紙一枚ではなく、その中の「番号」こそが鍵だった。7桁の英数字、それが盗まれたのだ。しかもそれは、まだ使われていない状態だったため、発覚が遅れた。

登記識別情報の真の価値

僕たち司法書士にとっては見慣れた記号だが、素人にはただの通知書だ。しかしそれを使えば、まるでキャッツアイが絵画を盗むように、他人の土地を「合法的に」移転することができてしまう。

犯人は窓からではなく玄関から入った

アパートの防犯カメラを管理会社に頼んで確認した。映っていたのは、宅配業者を装った若い男だった。だがよく見ると、持っているのは配達伝票ではなく――ロディアのメモ帳だった。

サザエさん的「お隣トラブル」の裏側

まるでサザエさんのように「隣の人がちょっと困った人」で済む話かと思ったが、現実は違った。家族もいない老人の家は、窓よりも玄関よりも、「油断」から犯されていたのだ。

僕のうっかりが事件を動かした

そう、僕は気づいていたのに、それを見落としていた。最初に不動産屋に渡した補正資料の中に、識別番号が混ざっていたのだ。「やれやれ、、、こんな初歩的なミスでここまで拗れるとは」思わず頭を抱えた。

サトウさんの一撃と司法書士の底力

だが、サトウさんは冷静だった。「なら、番号が使われた時間とIPを確認できれば、誰がやったか絞れます」。それは、地味で面倒で、でも確実な方法だった。司法書士の真骨頂は、こういう「地道」さにあるのだ。

書類に残された微かな癖字

さらに決定的だったのは、識別情報が書かれた申請書の字体だ。「この“5”、クセありますね」とサトウさんが指摘した通り、前に不動産屋が渡した別の書類と筆跡が一致した。

意外な動機とあっけない幕引き

動機は、金でも怨みでもなかった。不動産屋は「自分の手で誰かの土地を動かせる感覚が快感だった」と白状した。僕は唖然とした。登記をゲームか何かと勘違いしているようだった。

登記簿に書かれない真実

結局、申請は却下され、被害も未遂で済んだ。だが、登記簿にはそんな経緯は一切書かれない。誰が盗もうとしたか、どんな思惑があったか、記録には残らないのだ。まるで「真実」が一つ奥の部屋に閉じ込められているようだった。

明日も事務所には書類の山が待っている

事件が終わった帰り道、コンビニでまた缶コーヒーを買った。事務所に戻ると、机の上には未処理の登記書類が山積みだった。僕は静かにため息をつく。「やれやれ、、、」。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓