登記の知識は増えるのに恋の知識は増えない
司法書士としてキャリアを積んでいくうちに、登記に関してはそれなりに自信がついてきました。所有権移転、抵当権設定、相続登記……書類を前にすれば、ほとんどのケースに対応できます。でもふと気づくと、恋愛に関してはまるで成長していない。いや、むしろ後退している気さえするのです。かつては合コンにも行ったし、それなりに意気込んでいた時期もありました。でも今となっては「飲みに誘う勇気」すら、法務局への申請よりハードルが高い。
誰も教えてくれなかった恋愛マニュアル
高校時代は野球部一本で、恋愛とは無縁の生活でした。甲子園にも縁はなく、ボールを追いかけるだけで青春が過ぎていった。大学では法律を勉強することに夢中になり、恋愛は「あとでいいや」と思っていました。ところが、恋愛には“あとで”がないのです。気づけば年齢だけ重ねてしまい、恋愛経験値は初期値のまま。六法全書は読めても、相手の気持ちは読めない。気の利いたひと言より、登記原因証明情報の方がスラスラ出てくる自分に呆れるばかりです。
法律は明文化されてるのに恋は曖昧すぎる
登記の世界は明快です。「原因」「日付」「当事者」など、要件を満たせば登記は完了します。ミスがあれば補正すればいいし、手続きも順を追えば大体うまくいく。でも恋愛は違います。相手の心にはルールがない。今日の態度と明日の態度がまるで違う。LINEの返信が早いからって好意があるとは限らないし、既読スルーも本音とは関係ない。これが難解で、怖いのです。司法書士としての知識は通用しません。
「その気にさせる言い回し」より「登記原因」のほうが得意
とある飲み会で、女性と話す機会がありました。趣味の話になり、彼女が「カフェ巡りが好き」と言ったので、「ああ、所有者が個人だと賃貸借契約も難しいですよね」と返してしまったんです。完全に場違いな話題。彼女の笑顔がすっと消えていくのを感じました。あの瞬間、空気を読めなかった自分を恥ずかしく思いました。「恋愛の会話」と「業務上の説明」が、頭の中でごちゃ混ぜになってしまうんです。
相談されるのは不動産のことばかり
日々の業務で相談されるのは、当然ですがほとんど不動産や相続のことばかり。誰かの恋愛相談に乗ることなんてありません。逆にこちらが相談したいくらいです。「最近、誰かいい人いない?」と事務員さんに聞きたいけれど、そんなこと口にしたら変な空気になるのが目に見えている。だから黙って書類に向かう。それがいつもの僕の姿です。
いつも机の上は契約書の山
ある日の午後、事務所に戻ると机の上には登記識別情報通知、委任状、住民票、印鑑証明が整然と積まれていました。事務員さんが几帳面に揃えてくれた書類たち。思わず「ありがとう」と言うと、彼女は笑顔で「お疲れ様です」と返してくれました。そんなやりとりだけで、なんだか心があたたかくなるのが、我ながら情けない。恋愛じゃなくても、人の優しさに触れると救われた気になるんですね。
それでも誰かの役に立てていると信じたい
書類の山に埋もれながらも、「ありがとう」「助かりました」と言ってもらえる瞬間があるから、この仕事はやめられない。恋愛とは縁遠くても、仕事を通して誰かの人生の一部に関われる。それはきっと、形を変えた“つながり”なんだと思います。たとえそれが一方通行であっても、自分なりに社会の役に立っているという実感は、何にも代えがたい価値です。
雑談力のなさが人生を左右している気がする
雑談って、本当に大事だなと思うんです。日常のちょっとしたやりとり、そこに「この人いいな」と感じる瞬間がある。ところが僕は、雑談になると急に無口になります。事務所に来たお客さんとも、どうしても業務の話しかしない。もう少し砕けた話ができれば、もしかしたら人との距離も変わったのかもしれません。雑談も技術のひとつ。登記ばかり勉強して、そっちは完全に手つかずでした。
恋愛指南役なんて贅沢ですか
40を過ぎて、「もう恋なんて」と言いながら、心のどこかではまだ誰かと繋がりたいと思っている。そんな自分を面倒くさいと思う一方で、素直に「誰かに教えてほしい」と思うこともあるんです。モテる人は何が違うのか、女性と自然に話せる人の脳内をのぞいてみたい。僕にとって恋愛指南役は、登記官よりもありがたい存在かもしれません。
モテなさすぎて逆に諦めが美学に変わった
婚活パーティーにも行きました。マッチングアプリも試しました。だけど「事務所運営してます」と言っても、反応は微妙。地方だからというのもあるけど、「何それ、よくわからない」って顔をされることも多かった。そうするともう、無理してがんばる気もなくなって、「一人でもいいか」と思ってしまう。でもそれって、本当は自分を守るための言い訳なんだと思います。
「結婚しないんですか」と聞かれるたび
親戚の集まり、地元の同窓会、どこに行っても聞かれる質問。「まだ独身?」「いい人いないの?」もう答え方もパターン化していて、「なかなかねぇ」「仕事が忙しくて」と笑ってごまかす。でも内心では、ちょっとグサッとくるんです。結婚はゴールじゃないけど、何かを置いてきぼりにされたような、そんな気分になります。
独身仲間の税理士先生と焼き鳥屋で愚痴る夜
唯一気を許せるのが、同じく独身の税理士の先生。年も近くて、仕事帰りに焼き鳥屋で語り合うことが多いです。「誰か紹介してくれ」と言いながら、実際は誰も紹介されないという現実。お互い忙しいし、紹介されてもどうせうまくいかないし……なんてネガティブな会話で盛り上がるのが定番です。けれどそんな夜があるだけで、少し救われている気がします。
人生における優先順位を見直すときが来たのかも
いつのまにか、登記簿の整理は毎日できるのに、心の棚卸しは全然できていないことに気づきました。仕事ばかりに時間を使って、何か大事なものを見落としてきた気がする。今さら焦っても仕方ないけど、これから先の人生を考えると、少し方向転換してもいいのかもしれません。
誰かの幸せを手伝う前に、自分の幸せを考える
誰かの不動産登記や相続手続きを手伝っていると、「この人はちゃんと人生を歩んできたんだな」と感じることがあります。家を買ったり、結婚して家族がいたり、遺言を残したり。そういう人たちを支える側に回っているけれど、自分はどうなんだろう。誰かの幸せを整える前に、自分自身のことも少しは考えていいんじゃないか。そんな思いが、最近になってようやく芽生えてきました。
登記簿の整理より先に心の整理が必要かもしれない
書類はきっちり揃っている。でも、自分の心は散らかったまま。このアンバランスさに、最近ようやく気づきました。恋愛指南役なんて、贅沢だと思っていた。でも本当は、「誰かに寄り添ってほしい」と思っているだけなのかもしれません。登記が得意でも、心のことには不器用な僕。そんな僕でも、少しずつでも、心の整理ができたらいいなと思っています。