登記簿よりも難解な質問
それはある日の雑談だった
「好きな人いるんですか?」
昼下がりの事務所に、サトウさんの声が唐突に響いた。彼女は登記申請書の束を持ちつつ、まるで天気の話でもするかのような軽さで口にしたのだ。
サトウさんの何気ないひと言
その一言に、俺の心は「フリーズ」した。PCで言えば、Ctrl+Alt+Deleteすら効かない。時間が止まったようだった。
まるで事件のように動揺した心
俺は探偵マンガの脇役のように口をパクパクさせたまま、声が出ない。「え?」とも「うん」とも言えず、ただ沈黙。
「好きな人いるの」と聞かれて即答できなかった理由
言葉が見つからなかったのはなぜか
実は考えたこともなかったのだ。「好きな人」なんて。登記原因もないままに心証主義で答えるわけにはいかない。
恋愛の定義が曖昧になった四十代
20代の頃なら「いる」と即答していたかもしれない。今となっては、好きなのかどうか、自分でも分からないのだ。
司法書士に恋の事件は起こるのか
書類に囲まれた日常に人の温度はあるのか
「お茶、入れましょうか」
気まずさを感じたのか、サトウさんが立ち上がった。湯気の立つ湯呑みを見つめながら、俺は思う。恋愛という単語が、もうずいぶん遠い。
依頼者の笑顔と恋心は別物
「先生、助かりました!」という言葉は聞き慣れているが、恋愛感情とは別だ。社会的信頼と恋愛はイコールではない。
モテないのかモテようとしないのか
「独身ですか?」と聞かれるたびに「ええ、趣味は残業です」と返すのがクセになっていた。でもそれ、本音か?
元野球部の本音と沈黙
青春時代の直球と今の変化球
野球部時代は直球で勝負するのが美徳だった。でも今は、カーブばかり投げている気がする。しかも、自分自身に。
告白するより申請書を出す方が気楽になった
恋文は書けないけど、遺言書ならスラスラ書ける。やれやれ、、、それが司法書士の性なのか。
恋愛にもタイムリミットはあるのか
今さら好きだなんて言ったところで、「へえ、そうなんですね」で終わりかもしれない。それでも何かを始めるには、遅すぎるってことは、、、あるのか?
サトウさんの笑みの裏側
彼女があの質問をした本当の理由
あれはただの興味か、あるいは、、、いやいや、勘違いは墓場行きだ。俺はまた一つ、登記簿に書けない妄想を抱えてしまった。
ただの会話か、それとも試されたのか
「それって、つまり私に興味ないってことですか?」とか言われたら、完全にKO負けである。でも、そんなこと言うタイプじゃないんだよな、サトウさんは。
やれやれと言いながらも考えてしまう夜
今夜もまた、ひとり事務所で残業をしながら、サトウさんの言葉がリフレインする。「好きな人いるんですか?」
やれやれ、、、結局、答えは出ないままだ。
答えを持たないまま日々は過ぎていく
即答できなかった自分を許せるか
即答できなかった。それは不誠実でも、嘘でもなく、ただ「分からない」という正直な気持ちだった。
誰かを好きになる準備はできているか
もしかすると、好きな人がいないんじゃなくて、「好きになる」こと自体に臆病になっていたのかもしれない。
明日もまた「いない」と笑ってごまかすのか
でも、明日はこう答えようかと思う。
「好きな人かぁ、、、いたら面倒ですよ」
そして、またひとつ笑ってごまかす。
まるで、サザエさんの次回予告のように。