心に刺さる言葉は金を超える

心に刺さる言葉は金を超える

心に刺さる言葉は金を超える

午前九時の来訪者

朝の事務所には、微妙に冷めたコーヒーとサトウさんの打鍵音だけが響いていた。そんな静寂を破ったのは、入口のチャイム。ドアを開けると、杖を突いた品の良い老人が立っていた。どこかで見た顔だと思ったら、かつての中学校の校長、村岡氏だった。

事務所に響くサトウさんの溜息

「シンドウ先生、今日は静かな日かと思ったのに」
サトウさんが溜息まじりに呟いた。だがその目は鋭く、相手の名刺の差し出し方から「何か隠してる」と読んでいた。まるで探偵漫画の助手のようだ。私は「やれやれ、、、」とつぶやきながら、椅子を勧めた。

依頼人は元校長の老人

村岡氏は遺言書の作成を依頼しに来た。対象は一人息子。ところがその息子と十年以上音信不通らしい。「彼は私の言葉を待っていたのに、それを伝える前に家を出たんです」老人の目はどこか遠くを見つめていた。

報酬の封筒と小さな紙片

依頼完了後、報酬として渡された封筒には過不足ない金額と、もうひとつ小さな紙片が入っていた。「ありがとう」と手書きされたメモ。筆跡は乱れていたが、何故か胸に残った。

消えた感謝の言葉

後日、村岡氏の件を整理していると、遺言書の文面が少し引っかかった。明らかに感謝の表現が故意に省かれているように思えたのだ。あの紙片の「ありがとう」は、息子宛だったのではないか?

ありがとうが無かった理由

どうして遺言書には感謝の言葉がなかったのか。私は再度村岡氏に連絡を取り、聞いてみた。「直接伝えられるものなら、こんな紙に託したりしませんよ」その声はどこか諦めに満ちていた。

不自然な言動に違和感

彼は何かを隠している。そう思った私は、村岡氏の家を訪ねた。部屋には古い家族写真と、折れたメガネ。そして、書きかけの手紙があった。「あの日、あの時、ありがとうと言えなかった——」

登記書類に隠されたサイン

登記の委任状にあった印影が微妙に違う。息子が書いたと思われる筆跡。つまり、既に息子は一度父親に会いに来ていた。けれど再会は果たせず、ただ登記だけを済ませて去った。それが唯一の交流だった。

小さな謎に潜む大きな想い

父は言葉を残せず、息子は姿を残せず。まるでキャッツアイのすれ違いの美学だ。お互いの「ありがとう」は交差せずに過ぎていった。だが、その紙片だけが残った。たった一言の、すれ違った想い。

故意か過失か謝意の忘却

司法書士という職業は、こういう“感情の行間”を読む必要がある。書面では言えない言葉が、印鑑の向こうに宿っていることもあるのだ。

家族の事情と未練の交錯

結局、村岡氏は再会することなく他界した。遺言書には、「言葉にする勇気がなかった」との追記があった。息子からの返事は届かなかったが、紙片は息子の手に渡された。

シンドウの推理と思いやり

事件はない。でも、謎はある。感情というやっかいなミステリーが。私はただ、登記と共に一枚の紙を届けた。それが父から息子への、最後のメッセージになることを願って。

最後に残ったのはありがとうの声

数日後、事務所に一本の電話が入った。「父があなたに世話になったそうで……ありがとうございます」
短い通話だったが、その声は確かに届いていた。

金額以上の価値を届けた仕事

報酬は所定通り。でも、今回ばかりは金よりも重いものを受け取った気がした。人の人生に、ほんの少し触れるだけで、こんなにも胸が温かくなるとは。

サトウさんが見せた微笑み

「先生、ちょっとだけ良い顔してましたよ」
ふと見るとサトウさんが、珍しく皮肉なしで笑っていた。「たまには報われてもいいんじゃないですか」

やれやれと言いつつも悪くない一日

私は椅子にもたれながら、空のコーヒーカップを見つめた。「やれやれ、、、」
でも、ほんの少しだけ今日という日が、いい日だったと思えた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓