登記簿が揺らした遺産の境界

登記簿が揺らした遺産の境界

登記簿が揺らした遺産の境界

「土地の登記について、相談があるんですが……」
午後の来客は、重そうな茶封筒を抱えた中年の男性だった。
その声はどこか震えていて、まるでこれから始まる騒動の予兆を告げているかのようだった。

午後の訪問者が運んできた火種

その男は、亡き父が遺した土地の境界線を巡って、兄と揉めているという。
「兄が勝手にフェンスを立てまして……あれ、どう見ても父の遺言に反してます」
茶封筒の中には、相続登記の写しと、曖昧な手描きの地図が入っていた。

古びた地積測量図の違和感

開いて見せられた測量図には、昭和の香りが漂っていた。
筆界の線が曲がっているのか、こちらの目が歪んでいるのか分からないほど曖昧だ。
「やれやれ、、、これは簡単には済まなそうですね」私は思わず呟いた。

消えた境界標と曖昧な記憶

現地調査に赴くと、肝心の境界標はすでに草に埋もれていた。
しかも、ご近所のご老人が「昔はもっと奥までが○○さんちだった」と言い出した。
人の記憶も土地も、年を取ると輪郭がぼやけるらしい。

現地調査に隠された真実

草むらの中に、打ち捨てられたような鉄杭があった。
おそらく昔の境界標だったのだろうが、誰がいつ移動させたかは不明だ。
これが争いの火種となるのは、怪盗キッドの予告状ばりに明白だった。

隣地所有者の証言の食い違い

隣地の所有者は、「あの土地はウチの父が昔買った」と主張した。
だが、その登記は昭和の初期から変動がない。
誰かが勝手に使っていただけの土地かもしれないという疑惑が浮かぶ。

遺言書の存在と兄弟の確執

相談者の父は自筆証書遺言を残していた。
しかし、その中には具体的な地番の記載がなく、土地の境界については曖昧だった。
これでは、遺された者たちが争うのも無理はない。

長男と次男の主張のすれ違い

「父は口頭で言ってたんです。こっちの畑は私に、と」
そう語る相談者の目には確信があったが、証拠がない。
一方、兄は黙して語らず、フェンスだけが雄弁に語っていた。

法務局に残された手がかり

古い閉鎖登記簿を調べると、地番の変更がなされた痕跡があった。
「この部分、合筆されてますね……しかも当時の所有者は……」
その名を見て、私は背筋が伸びた。兄の名が、そこに記されていたのだ。

サトウさんの冷静な一言

「要するに、勝手に地番を移してるってことですね」
コーヒーを持ってきたサトウさんは、冷静にそう言い放った。
「昔の相続のときにちゃんと分筆しなかったツケ、って感じです」

登記簿の余白が語る過去

私は改めて登記簿の欄外を確認した。
そこには、地目変更の申請と併せて、用途変更の記載もあった。
筆の違い、時間の違い、それらが静かに真実を教えてくれる。

やれやれと呟きながら読み解く謎

「登記簿ってのは、まるで探偵漫画の一話完結みたいだ」
そう思いながら、私は机に広げた資料をじっと睨んだ。
サトウさんの「無駄に熱中しないでくださいよ」という冷たい視線を背中に感じながら。

シンドウの推理と仮説の構築

この地番の連続性……兄が登記を操作できる立場だったとしたら?
しかも、それを父に黙ってやった可能性がある。
証拠は薄いが、論理はつながる。司法書士の勘が告げていた。

土地の一部に潜む登記ミスの痕跡

過去の地図と現地を照合すると、面積に微妙なずれがあった。
誰も気づかないレベルの誤差だが、そこに兄の工作の影が見えた。
「まるでルパンの変装並みに巧妙だな……」と思わず漏らす。

地番の連続性に隠された罠

兄は、境界が曖昧な部分をわざと自分名義の土地と地続きにしていた。
合筆申請を利用して、誰にも気づかれずに土地を広げていたのだ。
その手口は巧妙だが、サザエさんの波平のカツオ叱りばりに、どこか抜けていた。

明かされる境界の嘘

兄を呼び出し、資料を突きつけると、彼は観念したようにため息をついた。
「父に言われた通り分けたつもりだったんだが……自分でもよく分からなくなってさ」
その言葉には、悪意よりも面倒くささが滲んでいた。

次男が隠していたもう一つの遺言

実は、相談者も父から手渡されたという遺言メモを持っていた。
だが、それはただのメモ帳の切れ端で、法的効力はなかった。
登記簿に残らない記憶は、こうして争いの火種になる。

隣地との密かな取り決め

さらに調べると、兄は隣地所有者と非公式な取り決めをしていた。
「黙っていれば、ちょっとだけ使っていい」という暗黙の了解。
だが、登記の世界では、それは無効なのだ。

真実を記す登記簿の力

登記内容をもとに話し合いが行われ、境界は本来の形に戻された。
兄弟は無言で印鑑を押したが、その表情にはどこか安堵の色があった。
紙の上の線が、人の心のしこりまで消すとは限らないけれど。

登記情報の照合で明かされた事実

結局、登記簿の「余白」にこそ、真実は宿っていたのかもしれない。
誰もが見逃す欄外の記述が、この事件のすべてを物語っていた。
地味だが、それが司法書士の戦場だ。

境界紛争の静かな決着

静かに事件は終わった。
私は資料を閉じ、机に肘をついて大きく息を吐いた。
サトウさんはすでに次の案件のファイルを開いている。

サトウさんのため息と冷たいコーヒー

「コーヒー、冷めてますよ」
サトウさんの言葉に、私はぬるくなったカップを手に取る。
冷たい液体が、事件の余韻を静かに洗い流してくれる。

仕事は片付いたけど気は休まらない

トラブルは解決したが、心はどこかざわついている。
それが人間というものか。
登記簿には書かれない感情が、そこにはあった。

過去は変えられないけれど未来は整えられる

今回の件で、サトウさんも少し疲れたようだ。
「これだから相続は嫌なんですよ」とボソリ。
だけど、きっとまた次の案件が来るだろう。私たちは前を向くしかない。

シンドウの独り言と帰り道

帰り道、コンビニの明かりが妙にまぶしかった。
「やれやれ、、、今日はよく歩いたな」
ぼやきながら、私は夜の町に消えていった。

あのときのノックがすべてを変えた

午後のノックがなければ、この事件は埋もれていた。
登記簿の数字と線に命を吹き込むのが、私たち司法書士の役目なのかもしれない。
そう考えると、少しだけ胸が熱くなった。

登記簿は時に裁判官より雄弁だ

法律の世界では、証拠がすべて。
しかし登記簿という「証拠」は、時に人の心までも暴き出す。
それが、私の仕事。これからも、きっとそうだろう。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓