最近どうと聞かれた日が最後の会話だった
事件のはじまりは日曜の朝だった
その朝、俺はコーヒーの粉を切らしていた。カップに残るわずかな香りに未練を感じつつ、いつものように事務所のカギを開けた。静かな日曜の午前、電話が鳴るなんて珍しい。ナンバーディスプレイに表示されたのは、「タカハシセイジ」。あの依頼者だ。
久々の依頼者からの電話
「もしもし、シンドウ先生? 最近どう?」
開口一番、それだった。よくある挨拶。でも、その声がやけに沈んでいて、心のどこかにざらついた感触が残った。
開口一番の言葉は最近どう
俺は気の利いた返事もできず、「まあ、相変わらずですよ」と返した。まるでサザエさんの中島くんみたいな能天気な言葉だと思ったが、そのときはそれ以上のことは考えなかった。
あいまいな返事が妙に引っかかった
だが、電話の向こうのタカハシの沈黙は長かった。あの一言を最後に、彼は二度とこちらに連絡してこなかった。
その後届いた遺言書と一通の手紙
三日後、事務所に届いた封書。開けてみると、中には自筆証書遺言と一通の手紙が同封されていた。差出人は――タカハシセイジ。
内容証明に残された違和感
遺言には、彼の所有する山林を遠縁の姪に相続させる旨が淡々と書かれていた。が、妙な点があった。住所が古いままだったのだ。
手紙に書かれていた小さな約束
手紙の最後にはこう記されていた。「あの時の約束、先生は覚えてますか? もしもの時は、あの登記、ちゃんと頼みますよ」。
封筒の宛名の文字が震えていた理由
文字は乱れていた。まるで何かに急かされるような、最後の力を振り絞るような筆跡だった。
サトウさんの記憶がつなぐ点と線
俺が封筒と遺言を眺めていたとき、後ろからサトウさんが静かに言った。
「タカハシさんって、以前に“家族じゃないけど一番大事な人がいる”って言ってましたよね」
書類の整理中に見つけた別の名前
彼の過去の相談記録を見返すと、確かに何度か“ヒラノマリ”という名が登場していた。
家族でも恋人でもない宛先
調べていくうちに、その名前の女性はタカハシが昔お世話になった恩人で、今は認知症で施設に入っていることが分かった。
登記簿の片隅に刻まれた秘密
古い土地の名義に、その女性の父親の名があった。まるで、ずっと誰にも気づかれずに残された宝の地図のように。
調査で明らかになる孤独な背景
俺はまるで探偵漫画のモブキャラのように、地味に資料をあさった。
旧知の人物との思わぬ接点
ある登記簿の補正履歴に、俺の元同級生の名前があった。あいつは市役所の職員になっていたはずだ。
元野球部の同期が語った違和感
その同期が教えてくれた。「タカハシさん、ずっと一人だったんだって。誰にも本音を言えなかったみたい」
同窓会に届かなかった便り
案内は送ったが、戻ってきたという。そのハガキには、走り書きで「今さら何を話せばいい?」とあった。
静かな告白と沈黙の動機
俺は遺言を無事に手続きし、彼の望んだとおりにした。
最後のメッセージに込められた後悔
「最近どう?」。きっと彼は、何でもない一言に見せかけて、自分の“終わり”を伝えたかったのかもしれない。
司法書士としての役目を超えて
俺はただの手続きをするだけの人間。でも時々、誰かの人生の終点に立ち会う役目がある。
やれやれとつぶやいた春の夕暮れ
事務所の窓の外で桜が舞っていた。「やれやれ、、、」。独り言のように、でも確かに、俺はそうつぶやいた。