登記簿に名前がない私が見た景色
登記簿を開いた日 私の名前がなかった
「シンドウ先生……これ、おかしくないですか?」
目の前に座る依頼人が差し出したのは、住宅の登記事項証明書。表紙をめくった瞬間、私の眉間に皺が寄る。名義欄には一人の名前──だが、聞いていた話では夫婦共有名義のはずだった。
依頼人の違和感から始まった一通の相談
「私は頭金も出しましたし、毎月のローンだって半分払ってるんです」
焦燥と怒りが混ざった声だった。私の事務所では珍しくないパターン。だが今回は何かが引っかかる。
「所有者の名義が違う」その一言の重み
「そうなんです、『登記簿に名前がない』って言われた瞬間、目の前が真っ白になって」
昔サザエさんで、カツオが家族に隠れてガンプラ買って怒られた回を思い出した。あの時のカツオの表情と似ている気がした。
共同名義だったはずのはずが
登記の際、夫が全ての手続きを「任せて」と言ったらしい。ありがちな話ではある。
夫婦間の名義変更と油断
婚姻後の不動産取得は、名義がどちらかに偏ることがある。だがそれは「信頼」の名のもとに曖昧にされる。
婚姻後にすべてを任せたという落とし穴
「全部やっとくよ」と言った彼の声が、今では裏切りの響きにしか聞こえない。
贈与税と名義のからくり
夫が単独名義にしたのは、贈与税回避のためか、それとも最初から……?
登記簿の記載ミスか故意か
私は登記の原本と添付書類を取り寄せることにした。
第三者の登場 不動産屋の証言
「ご主人が、『全部自分名義でいい』とおっしゃってましたよ」
「そんな……」依頼人は崩れ落ちそうになった。
司法書士の視点から見る登記の手順
登記には委任状が必要だ。誰が書き、誰が押印したか。そこが鍵になる。
委任状と実印が意味するもの
確認された委任状には、依頼人の印影がなかった。
登記完了の通知書に名前が出ない理由
手続きが完了した時点で、そこに名前がなければ、法的には「存在しない」も同然だ。
浮かび上がるもう一つの謎の登記簿
調査の過程で、もう一つの土地が夫の名義で取得されていたことが判明する。
別名義で取得された土地の存在
登記簿の備考欄に小さく記載された地番。それがすべての始まりだった。
サトウさんの鋭い一言が切り裂いた沈黙
「先生、これってもしかして……離婚前提の準備じゃないですか?」
やれやれ、、、また人間関係に足を突っ込むことになるとは。
怪しい司法書士の事務所名
「ライジングフェニックス合同事務所」──見るからに怪しい。しかも代表者の印鑑証明はなぜか他県のものだった。
やれやれ、、、またかという気持ちで資料を開く
資料をめくる指先がいつもより重たかった。
司法書士として そして一人の男として
正しいことが必ずしも依頼人の心を救うわけではない。だが私は司法書士だ。事実を突きつけるしかない。
この仕事は時に人の深層を覗き込む
書類に向かうことは、人の心の裏に向かうことでもある。
名前があること 名前がないこと
「名前がない」とは存在を否定されることだと、彼女は言った。それが、何よりも重かった。
法的正しさと心の整合性
法に従えばこの件は「終了」だ。だが人の心は、そんなに簡単に整理できない。
サトウさんの言葉に救われた午後
「でも先生、こういうのを黙って見ないからこそ、先生は司法書士なんですよ」
私は照れ隠しに、冷めたコーヒーを一口すすった。
登記簿に名前がないその景色は、ただの書類ではなく、人生の一部が抜け落ちた空白だった。