殺意の登記簿

殺意の登記簿

朝一番の登記申請

その日も変わらず、朝から山のような申請書類が司法書士事務所の机に積まれていた。コーヒーを口にしようとした瞬間、サトウさんが無言で一枚の申請書を差し出してきた。そこには、見慣れた土地の所有権移転の記録があった。

サトウさんの無表情な報告

「この登記原因、贈与と書かれてますけど、贈与者は昨日死亡してます」そうサトウさんが淡々と呟いた。まるで朝の天気予報でも伝えるかのような冷静さだったが、僕の胃に重たい何かが落ちた。贈与は死後に成立しない、常識だ。

不自然な所有権移転の理由

書類を見る限り、形式的には問題ない。しかし、登記原因日と死亡日の一致は偶然ではない。しかも、依頼人がこの事実を一切説明しなかったのも不可解だった。司法書士として、法の匂いとそれに混じる何かを嗅ぎ分けるのが仕事だ。

申請書に記された登記原因

登記原因欄には「贈与」と書かれていた。だが、添付された書類の中に贈与契約書はなかった。あるのは、公正証書にもなっていない、素人が書いたような一枚の紙切れだけだ。しかも、署名と印鑑は朱肉の滲みがやけに新しい。

死亡による相続ではない

もし相続であれば、申請内容も違ってくる。だが提出されたのは、なぜか第三者への贈与登記だった。死をまたいでまでなされた意思の表明など、法的には無効だ。僕はその事実を受け入れるのに、少しだけ時間がかかった。

贈与のタイミングが奇妙だった

原因日が死亡当日。ということは、贈与者はその日に贈与契約を締結し、数時間以内に亡くなったという筋書きになる。しかし、それは本当に偶然だったのか。サザエさんの家に突如現れる波平の友人のように、不自然すぎた。

依頼人は無言のまま去った

提出後、依頼人は「急いでいるので」と一言だけ残し、深く帽子を被って立ち去った。その後ろ姿に、どこか怯えたような影が見えた。振り返ることもなく、まるで何かから逃げるように小走りで角を曲がっていった。

身元が不明な申請代理人

委任状には印鑑も住所も記されていたが、電話をしても「現在使われておりません」の音声。登記申請には代理人の実在確認も含まれるが、これはどうにも気になる。僕はすぐに法務局の知人に、申請履歴の照会を頼んだ。

記録に残らない住所と電話番号

確認したところ、その住所は古いマンションで、既に取り壊されていたという。電話番号も、3年前に解約済みだった。つまり、申請者の存在自体が虚構の可能性がある。やれやれ、、、こういうのが一番面倒だ。

登記簿の中の違和感

登記簿の前所有者欄を見ると、わずか半年前にも同じような移転が行われていた。今回と同様、贈与による所有権移転。そしてその贈与者もまた、登記後まもなく死亡していた。偶然が重なるには、少し出来すぎている。

数か月前にも似た申請があった

登記内容、申請様式、添付書類、すべてが酷似していた。まるで同じ人間が書いたような筆跡。僕はぞっとした。これは一件の変な登記ではない。連続して行われている「何か」だ。しかも、目的は明確に土地の取得だ。

連続する不審な土地の移転

同様の登記は、実は他県でも数件起きていた。司法書士会の掲示板で情報を集めてみると、同様の手口で高齢者の土地が移転している報告がいくつもあった。だが、誰もその背後に「死」があることには触れていなかった。

司法書士の嗅覚

違法か合法か。紙の上では判断がつかない。だが、経験が「これは黒だ」と告げていた。サトウさんは既に、贈与者の死亡診断書を行政から取り寄せていた。冷静すぎるその行動力に、僕は少しだけ背筋が伸びた。

サトウさんの冷静な指摘

「この登記、贈与者の死後に作られた可能性があります。印鑑も捺印日も整合性が取れていません」その指摘は正しかった。僕も改めて確認し、確信を得た。これは虚偽登記、いや、それ以上の事件だ。

過去の登記記録から見えた共通点

すべての贈与登記に共通していたのは、贈与者が単独名義であり、身寄りが少ないこと。つまり、誰にも気づかれず財産を奪える対象だった。怪盗キッドでもここまで狡猾にはやらない。これは殺意による財産の収奪だ。

思わぬ再訪と通報

数日後、あの依頼人が突然戻ってきた。顔は青ざめ、手は震えていた。「やっぱり、この登記やめたいんです」とだけ言ってきた。その言葉に、僕は確信した。背後に、何か恐ろしいものがある。

依頼人の再来と怯えた表情

怯えながらも、彼はぽつりぽつりと語った。「あの人、ほんとは死んでたんです。でも言われて、ハンコだけ…」語る内容は錯乱していたが、明らかに一連の登記に関与していた。そして、恐れていたのは共犯者かもしれなかった。

登記完了前に浮かび上がる死者

結局、登記は完了前に中止された。警察にも報告が入り、司法書士会にも調査が依頼された。すべては「登記原因」の一点に始まり、その裏には死が潜んでいた。書類一枚の中に、人の命が挟まれていたのだ。

警察との連携

この件は、司法書士の職務を超えた領域だった。警察は、僕の提出した書類と証言をもとに捜査を始めた。複数の死亡例、登記申請、身元不明の代理人。そこに連続性があれば、事件として立件もありうる。

殺意を裏付けた登記資料

殺人の直接証拠こそなかったが、登記に残された情報はすべてが「不自然」を物語っていた。動機は明白だった。土地、財産、名義。そのすべてが、死者の名前とともに移動していたのだ。

登記原因欄の嘘

最終的に、捺印は死後のものであることが確認された。つまり、すべては「生前贈与を装った偽装」。だが、法務局ではそれを見抜けない。登記原因欄に記された一言「贈与」が、最大の嘘だった。

明かされる真相

調査の結果、死者の名義で申請された複数の登記が全国で確認された。いずれも単独高齢者。その一部には、死亡診断書の偽造も関わっていた。明確な組織犯罪の影がちらついた。

死者の署名が語るもの

筆跡鑑定の結果、死者の署名は生前のものではなかった。誰かが練習し、模倣した文字だった。まるでルパンが財宝の前に残すカードのように、それは犯人の痕跡だった。

被害者自身が残した罠

一人の被害者は、実は遺書に「不正に名義を移そうとする者がいる」と記していた。それが決め手となり、捜査が加速。犯人は、他人の名前を使って資産を集めていた元不動産業者だった。

事件の結末と登記の取消

すべての不正登記は職権で抹消された。警察は関係者を逮捕し、マスコミが騒ぎ立てたが、僕はそれをただ事務所の片隅で見つめていた。真実が明かされるには、少しだけ時間がかかるのだ。

犯人の動機は資産と嫉妬

犯人の供述によれば、資産だけではなかった。過去に土地を奪われたという復讐心もあったらしい。だが、それが新たな命を奪う理由にはならない。紙の上の殺意は、法の目をかいくぐっていた。

不正登記は抹消された

僕の提出した調査資料は、警察でも高く評価されたらしい。だが、それで何かが報われるわけでもない。サトウさんは淡々と、次の登記申請を処理していた。

そしていつもの日常へ

事件は解決した。だが机の上には、また新しい登記書類が山積みになっている。やれやれ、、、結局これが、僕の現実だ。

やれやれ今日も終わらない書類の山

気づけば時計の針は午後五時を回っていた。だが、終わりの気配はない。司法書士に休みはないのかもしれない。コーヒーをもう一杯淹れるしかない。

サトウさんは今日も塩対応

「今日の分、あと二件あります」無表情にそう言い放ち、サトウさんは淡々と書類を揃えていた。僕はただ小さくため息をつき、背中を伸ばした。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓