始まりは依頼人の一言から
「先生、この登記簿、なんか変なんです」
ぽつりとそう呟いたのは、相続の相談に来た三人兄弟の長男だった。
確かに目を通してみると、昭和時代に登記された持分に妙な違和感がある。
不穏な遺産分割協議
相続人は三人。にもかかわらず、登記簿上の持分は四分の一が四つに分かれていた。
つまり、誰かもう一人がいる計算になる。
「誰か、見知らぬ兄妹がいるということですか?」と依頼人が顔をしかめた。
サトウさんの違和感
その瞬間、サトウさんが無言でメモを取り始めた。
「この時代の登記簿って、当事者の名前が微妙に違うことあるんですよね」
彼女の言葉に、胸の奥で不穏な予感が膨らんでいく。
登記簿に記された名前
再度、登記簿謄本を隅々まで確認すると、確かに一人だけ名字の違う人物が登場していた。
その人物の名義で、祖父の代に持分の一部が移転されていたのだ。
にもかかわらず、家族の誰一人その名を知らないという。
見知らぬ共有者の存在
「登記名義人の住所、今でも現存してますよ」
ネットで調べたサトウさんが、スッと画面をこちらに向けた。
そこには、古びたアパートの住所が表示されていた。
古い登記の落とし穴
登記は正しい。しかし、情報が正しいとは限らない。
昭和の終わり頃に移転されたその登記には、実際に名義人が住んでいたかの確認が取れていなかった。
司法書士としての警鐘が、静かに鳴っていた。
元野球部の勘が働く
妙に引っかかる。
昔、サイン盗みを見抜いた時のあの胸騒ぎに似ていた。
この名字の違い、何かある。
名字の違う相続人
「養子縁組の可能性もあります」
サトウさんが、冷静に言い放つ。
その言葉に背中を押され、私は戸籍の取得を依頼した。
聞き取り調査の開始
古くから地域に住む近所の年配者を訪ねた。
「確かにあの家、昔は子どもが四人いたよ」
目の前のコーヒーが冷めるのも忘れ、私はその証言に耳を傾けた。
家族写真に隠された手がかり
依頼人宅のアルバムを見せてもらうと、一枚だけ奇妙な写真があった。
そこに写る四人兄妹の中に、知らない顔が一人混じっていた。
しかも、なぜかその写真だけがアルバムの奥に隠されていた。
サザエさん一家との違い
「これじゃあ、サザエさんのカツオが二人いるようなもんですね」
私の冗談に、サトウさんが鼻で笑った。
「どちらかがノリスケかもしれませんね。要注意です」
隠されたもう一人の子供
戸籍を遡ると、そこに確かに四人目の名前があった。
ただし、幼少期に養子に出されたという記録が添えられていた。
その存在は、家族にも伏せられていたようだ。
証拠は土地家屋調査士の図面
現地調査を依頼すると、昔の調査士が書いた図面には小さな離れの建物が記されていた。
現在は取り壊されていたが、かつてそこに「誰か」が住んでいた痕跡がある。
物置とされていたその部屋が、実は彼の居場所だったのだ。
間取りに現れた不自然な空間
現在の建物図面と比較すると、居間の横に妙な空白がある。
「隠し部屋じゃないですか、これ」
サトウさんが言った。まるで探偵漫画のような展開だった。
古地図と新地図のズレ
市役所の資料室で古地図を調べると、確かに以前はもう一棟建っていた。
そして、その棟にだけ記された名字が、あの知らない名義と一致していた。
事実は、静かに、しかし確実に浮かび上がってきた。
サトウさんが仕掛ける心理戦
名義人と思われる人物に連絡を取ると、最初は他人のふりをされた。
しかし、サトウさんの言葉が鋭く刺さった。
「あなた、本当は覚えてるんじゃないですか? この家の天井のしみの形、言えますか?」
相手の矛盾した証言
その男はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと漏らした。
「…カエルみたいな形だった」
それは、住んでいた者にしか分からない情報だった。
録音された会話の中の嘘
後日、依頼人と男を対面させた。録音した会話には、明らかな嘘が含まれていた。
彼が相続人としての権利を偽っていたことが、法的にも証明された。
その瞬間、サトウさんがそっと一言、「ビンゴですね」。
真実が明かされる瞬間
養子縁組で戸籍が分かれたため、誰も彼を相続人と認識していなかった。
しかし法的には彼にも相続の可能性があったのだ。
とはいえ、登記名義を偽って名乗っていたことで、信頼は地に落ちた。
戸籍にない兄妹関係
「戸籍って、すべてを語ってるようで語らないんですよね」
私の言葉に、依頼人は深く頷いた。
そこにあったのは、消えた兄妹への戸惑いと、それでも認める覚悟だった。
なりすまし相続人の正体
彼は家を出たあと、別人として生きることを選んだ。
だが、登記簿だけが彼の存在を覚えていた。
そして、それが真実を導き出す鍵となった。
決着と法的整理
登記簿の訂正、相続人の再確定、協議書の作成――
全ての手続きが完了したとき、依頼人の顔には安堵が浮かんでいた。
「長かったけど、これでようやく…」
登記簿の訂正手続き
私は法務局に訂正登記の申請書を提出した。
一つ一つの文字が、真実へと書き換えられていくように見えた。
これが司法書士としての、ささやかな使命だ。
依頼人の涙と感謝
「本当に、ありがとうございました」
依頼人が深く頭を下げた。
私は、少しだけ背筋を伸ばした。
やれやれの一服
「やれやれ、、、」
事務所に戻って、インスタントコーヒーを啜る。
苦さとともに、今日という日がやっと終わった実感が湧いてくる。
コーヒーと落ち着く午後
静かな午後。誰もいない応接室で、私は一人ほっと息をついた。
古いテレビからは再放送のサザエさんが流れている。
波平の怒鳴り声が、どこか優しく響いた。
サトウさんの意外なひと言
「先生、今日はまあまあ働きましたね」
それが彼女なりの労いなのだろう。
私は笑って、「まあまあ、って何だよ」と返した。
そして次の依頼へ
机の上には、また新しい封筒が置かれていた。
差出人は不明。表には達筆な筆文字で「ご相談」と書かれている。
次の事件が、すぐそこまで来ていた。
郵便受けに届いた不穏な封筒
サトウさんが無言で封筒を渡してきた。
中には、古びた手紙と写真が一枚。
また一つ、物語が始まる予感がした。
また事件の予感
「やれやれ、、、コーヒーが冷める暇もない」
私は立ち上がり、資料棚に手を伸ばした。
司法書士の仕事は、書類と謎に満ちている。