朝のコーヒーと不機嫌な僕
朝一番のコーヒーは、眠気よりも僕の不機嫌さに効く。ただ、事務所のポットは壊れかけで、給湯ボタンを押してもやる気がない。まるで僕みたいだ。デスクに座ると、サトウさんが無言で書類を置いていった。そう、今日も何かが始まるのだ。
サトウさんの無言の圧
彼女は一言も発しなかったが、「早く読め」という圧は確かにそこにあった。淡い青のファイルには「共有名義抹消登記」とだけ書かれている。だが、内容を見て僕の眉はぴくりと動いた。——“共有者の一人が行方不明”。
共有名義の謎めいた依頼書
依頼人は中年の男性で、いかにも「土地持ってます」という顔をしていた。古い宅地の共有名義者のうち一人が、十年前から音信不通で、実質誰も会ったことがないらしい。そんな相手をどうやって抹消しろと?やれやれ、、、また面倒な案件だ。
調査開始登記簿の違和感
僕はまず登記簿をじっくり眺めた。平成のはじめに設定された共有。四人の名前。最後の一人だけ、字体がどこか異なる。力強い筆圧の三人と比べ、かすれたような筆跡。これはただの違和感ではない。
住所はあるのに人がいない
登記簿に記載された住所をGoogleマップで確認し、車を走らせて現地へ。だが、そこには廃墟寸前の木造平屋が建っているだけだった。郵便受けには「○○様御不在時は」と書かれた紙が貼られていたが、内容はすでに風化して読めない。
電話番号も消えている
書類に記された番号にかけても、「この番号は現在使われておりません」。まるで都市伝説のような消え方だ。まるでルパン三世にでも出てきそうな鮮やかさだ。いや、こっちは泥棒ではなく、ただの名義人のはずなのに。
地元役場の曖昧な回答
念のため役場で住民票を確認したが、「その方、こちらにはもう…」と職員の言葉は曖昧だった。転出届も死亡届も出ていない。ただ、戸籍附票の移動記録も止まっていた。これでは“幽霊共有者”とでも言うべき存在だ。
その方は、、、住んでましたっけ
隣の席の年配職員がぽつりとつぶやいた。「ああ、その名前、昔見たような…でも、実際に住んでたかどうかは…」という言葉に、僕の頭の中で何かが引っかかる。記録はある。でも、実体がない。
サトウさんの推理が走る
事務所に戻ると、サトウさんが僕の机に一枚の紙を置いた。「これ、怪しくないですか?」それは委任状の写し。依頼人が提出してきたものだ。確かに、筆跡が登記簿の署名と酷似している。
登記簿の筆跡が怪しい
登記の名義人の署名と、最近作られたという委任状の筆跡が、同一人物のものに見える。ただし、わざと下手に書いているような痕跡もある。まるで「別人を装った同一人物」だ。
委任状に潜む一文字の罠
住所の漢字が、わずかに違う。旧字体の「邊」と新字体の「辺」。しかも委任状の方だけに誤字があった。これは、偽造者のうっかりか、それとも……?どちらにしても、まっとうな書類とは言えない。
やれやれ登記官との再会
僕は地元の法務局に向かった。そこには、かつて一緒に草野球をやっていた登記官がいた。彼は今、渋くも厳しい目で書類をチェックしていたが、僕を見て「まだうっかりしてるのか?」と笑った。やれやれ、、、こっちは真剣なんだが。
古い友人は敵か味方か
彼にこの一連の資料を見せると、眉がピクリと動いた。「この共有者、実はな…」と彼は口を開いた。なんと十数年前に架空の名義を使って申請された案件があったという。それが今回の“共有者”と一致するというのだ。
浮かび上がる土地転がしの影
つまりこの共有名義は、もともと存在しない人物を混ぜて、登記上の所有権割合を操作していたのだ。そして今、その名義を消すことで、依頼人が全体を手中に収めようとしているという構図が見えてきた。
一人の共有者だけが得をする構図
この共有の構成では、最後の一人が消えれば、残り三人が均等に取り分を得られる。しかし、その三人のうち、実質的に動いていたのは今回の依頼人だけだった。他の二人も形だけの存在だったのかもしれない。
意外な証人は町内会長だった
さらに調べていくと、廃屋の近くに住む町内会長が、過去にその土地で行われた草刈りの話を教えてくれた。「あの人、いっぺんも来てねぇぞ」と証言したのだ。つまり、共有者が土地の管理をしていなかった証拠になる。
回覧板と目撃証言の交差点
昔の回覧板には、その家に配られた形跡すらない。つまり、書類上の住所すら、誰かが適当に使っていた可能性が高い。そして、ついに——あの“共有者”は、最初から実在しなかった可能性が濃厚となった。
真犯人と偽名義のカラクリ
調査の果てに、依頼人自身が過去に筆跡を変えて登記申請をした形跡が浮かび上がった。友人の司法書士の名前を勝手に使い、偽の共有者名義を作った。まさに土地を使った詐欺だったのだ。
土地は欲望を呼び寄せる
田舎の小さな土地。それでも、共有を装い、名義を使い分け、わずかな利益を得る者がいる。その執念は、都市のビルディング以上に深く黒い。「欲の深さは土地のように測れないですね」とサトウさんがつぶやいた。
最後に手帳が語った真実
依頼人が持っていた古い手帳に、自分で書いた筆跡練習の跡があった。「まさかこれが決め手になるとは…」僕は脱力した。野球部時代にバットのグリップの文字を見逃したせいで怒られた過去を思い出す。今回ばかりは、ちゃんと見ていてよかった。
野球部時代のミスが功を奏す
「文字を見るときは、筆圧とクセを見ろ」——これは昔、スコアブックを間違えたときに監督に言われた言葉だった。その言葉が、まさか司法書士になってから活きるとは。人生ってやつは、つくづく予想外だ。
事件は終わり僕はまた事務所へ
すべてが終わり、依頼人はしれっと撤回申請を出し、法務局に頭を下げることとなった。僕とサトウさんはいつものように事務所に戻る。日常が戻るのはいいことだが……コーヒーのポットは、やっぱり壊れたままだった。
サトウさんの一言が今日も刺さる
「グリップの文字も読めなかった人にしては、今回はよくやりましたね」サトウさんの言葉に、僕は肩を落とした。「やれやれ、、、」とつぶやきながら、新しいポットのカタログを開くのだった。