青い薔薇は定款に咲かない

青い薔薇は定款に咲かない

青い薔薇は定款に咲かない

定款の訂正を巡る奇妙な依頼

「こちらの定款、訂正したい箇所があるんです」
そう言って現れたのは、深い紺色のスーツを纏った女性だった。目元に疲れを隠しきれず、それでも指先は震えていなかった。
手渡されたのは、ある合同会社の設立時定款のコピー。だがそこには、私が見慣れた様式とは何かが違っていた。

青い薔薇の花束と謎のメッセージ

その日の夕方、事務所の入口に差し出し無用の花束が届いた。送り主不明。添えられていたのは「定款は血で書け」とだけ記されたカード。
「物騒ですね」とサトウさんが言いながら花瓶を用意する。僕はといえば、何かサスペンスドラマの導入のような気配に、胃がチクチクしていた。
青い薔薇の意味は「不可能」か「奇跡」。まるで、今回の登記がどちらかだとでも言うように。

登記簿に現れた存在しない役員

登記簿を閲覧して、僕は目を疑った。そこには、存在しない人物の氏名が記載されていた。
会社法上、合同会社に「取締役」という役職は存在しないはずだ。それなのに――この名前、僕には見覚えがあった。
「先代社長の息子さん、でしたよね。三年前に亡くなってるはずです」サトウさんがタブレットを操作しながら呟く。

「定款原本」が二つ存在する理由

相談者の女性が持ってきた定款と、法務局に保管されていたものとで、内容が微妙に違っていた。
問題は代表社員の記載。彼女が差し替えたいというページには、明らかな後付けの改変跡があった。
「これ……印影の押し直しがありますね。古い朱肉の跡がまだ残ってます」僕はルーペで見ながらそう呟いた。

サトウさんの冷静すぎるツッコミ

「つまり、既にある定款を偽造して、あたかも最初から別の代表だったように見せかけようとしたってわけですか」
サトウさんは淡々とそう言い放つ。もう少し驚いてくれてもいいのに……。
「やれやれ、、、なんでうちのような零細事務所にこんな面倒な案件が来るんだろうね」僕は頭を抱える。

旧代表の死と取締役会議事録の謎

彼女の持ち込んだ「議事録」には、旧代表が死亡した一週間後の日付があった。明らかにおかしい。
「死人に署名はできませんからね」サトウさんの指摘は正しいが、僕の胃にはまた穴が空いた気がした。
誰が、どこで、この議事録を作成し、提出したのか。その裏には明確な意図が潜んでいた。

やれやれ俺の昼飯はいつになるんだ

「カレーうどん、もう伸びてるわよ」サトウさんが冷めた口調で言う。いつもより塩がきつい。
胃が空っぽなせいで余計にしみる。「やれやれ、、、俺の昼飯、また延期か」
だがこの案件、腹が減ってるうちに解決しておいた方がいい。食べたらきっと眠くなるから。

謄本をたどると見える不自然な足跡

会社の商業登記簿と、数回にわたる変更履歴を照合すると、ある特定の人物が浮かび上がってきた。
それは故人の息子と親交があった、別の会社の取締役だった男。過去に数件、登記に関して注意を受けていた人物だ。
「プロの手が入ってるかもしれませんね。普通はこんな綺麗に書類偽装できません」サトウさんの分析は鋭い。

青い薔薇の花言葉と遺された一行

花束に残されていたメモの裏には、定款にない文言が書かれていた。
「贈与の意思なき名義変更は、愛ではなく呪いだ」――これは、先代がかつて書き残していた日記の一節だった。
つまり今回の変更には、後継者に対する復讐か、あるいは意思表示が込められていた可能性がある。

定款の印影に隠された意図的ミス

サトウさんが拡大コピーを差し出した。「ここの“代表社員”の印影、実は左右逆なんですよ。複写かスキャンミスじゃなく、意図的な反転」
偽造者は、元の印影をそのまま転写せず、あえて反転印影を用いて「それっぽさ」を出したのだ。
だがそれこそが、不自然な証拠になっていた。証拠を「作り込みすぎた」のだ。

背任か偽造かそれとも復讐か

ここまでくれば、意図は明白だった。彼女は故人の遺志に背いて会社を乗っ取ろうとしていた。
もしくは、先代の真意を知った誰かが、定款を書き換えることで何かを「守ろうとした」。
青い薔薇の送り主は、罪ではなく真実を咲かせようとしていたのかもしれない。

すべての謎を繋ぐひとつの署名

最終的な決め手は、別の書類に残っていた直筆署名だった。それは、旧代表の文字癖と完全に一致していた。
つまり、改変された定款の中にある「先代の署名」は偽物だった。法務局提出前に差し替えられていたのだ。
司法書士としての最後の仕事は、この事実を依頼者に告げ、正しい登記を申請し直すことだった。

青い薔薇は誰の手で差し出されたのか

後日、同じ花屋に確認したところ、青い薔薇を注文したのは依頼者本人ではなかった。
送り主は、旧代表の遺族の一人。生前の意志を無視した登記改変を憂い、密かに証拠を残していたのだった。
薔薇は沈黙の証人。僕らはそれを咲かせるだけの役割だったのかもしれない。

司法書士はペンで戦う探偵である

「あなた、やればできるじゃない」サトウさんが珍しく褒めたような声を出す。
「やれやれ、、、もう少しで胃薬を飲むところだったよ」僕は肩をすくめる。
事件の真相は法廷ではなく、ペンと記録と冷静な目で解かれることもある。そういう意味では、司法書士だって探偵だ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓